Menu

特許権の侵害とは ~吹き矢の矢事件の事例に学ぶ~【現役弁理士解説】

特許権の侵害とは

特許権の侵害とは、特許権者以外の者(他者)がライセンスを受けることなく業として特許発明を実施していることを言います。

ここで言う「業として」は、事業としてという意味であり、個人・家庭での実施を除くという意味です。

また「特許発明の実施」は、特許権の権利範囲に含まれる物や方法を実施しているという意味です。

したがって、他者の実施している物や方法が特許権の権利範囲に含まれる場合、この実施行為は特許権の侵害となります。

肝心の特許権の権利範囲に含まれるか否かは、以下で説明する文言侵害、または均等侵害に該当するか否かで決まります。

 【侵害かどうかの基準1】文言侵害

文言侵害とは、実施している物または方法が、特許請求の範囲に記載されている事項を全て充足していることを指します。このとき重要になる、充足性については権利一体の原則に基づいて判断されます。

権利一体の原則

権利一体の原則とは、実施している物もしくは方法が、特許請求の範囲に記載されている事項の全てを備えたとき特許権の侵害となる決まりです。

たとえば特許請求の範囲に「AとBとCを有する装置。」と記載されていたとします。

もしも実施している物が「AとBとCとDを有する装置」であれば、この物の実施は、特許請求の範囲に記載されている事項の全てを備えているため、特許権の侵害(文言侵害)となります。

一方でこの特許権に対して、実施している物が「AとBとDを有する装置」であれば、この物の実施は、特許請求の範囲に記載されている事項の全ては備えていないため、文言侵害には該当しません。この場合は、以下で説明する均等侵害の検討をすることになります。

文言侵害の判断は、用語の解釈が重要

特許請求の範囲に記載されている事項を具体的に特定する際には、特許請求の範囲に記載されている用語がどのような意味を持つか、明細書や図面の説明を考慮して、解釈をする必要があります。

なぜかというと、我々が普段から使用している言葉の多くは複数の意味を有していて、単語の意味を読み間違えると特許の内容も取り違えてしまうから。

例えば「架空」を大辞林で引くと、空中にかけわたすこと。の意味と、事実に基づかず、想像によって作ること。の意味があります。

また特許請求の範囲に記載された用語が明細書や図面で説明されていない場合には、広辞苑といった国語辞書や科学辞典等の記載に基づいて、用語の意味を読み解きます。

【侵害かどうかの基準2】均等侵害

上記の文言侵害を形式的に適用すると、発明者がせっかく特許権を取得しても、他者が特許請求の範囲の一部を変更して物や方法を実施することで、容易に文言侵害を回避される事態に。これでは特許権者に酷となります。

そのため裁判所では、文言侵害に該当しない場合でも、特許請求の範囲に記載されている事項の一部を性質の近い物に置き換えたものである場合には、一定の要件を満たすことにより、均等侵害に該当するとして、特許権の侵害を認めています。

均等侵害が適用されるための5要件

均等侵害に該当するためには、以下の1から5の要件を全て満たす必要があります。特許請求の範囲に「AとBとCを有する装置。」と記載されており、実施している物が「AとBとDを有する装置」である場合を例とすると、次のようになります。

  1.  特許請求の範囲に記載されている事項と実施している物又は方法の相違点(CとD)が、発明の本質的部分でない(第1要件)
  2. この相違点を置き換えても(特許請求の範囲をAとBとDを有する装置とする)、特許請求の範囲に記載されている発明と同じように機能する(第2要件)
  3.  その物の製造時点において、相違点の置き換えが容易である(第3要件)
  4. その物又は方法(AとBとDを有する装置)が、その特許の出願時において公知でなく、容易に考えられるものでもない(第4要件)
  5. その物又は方法(AとBとDを有する装置)が、意識的に権利範囲から除外したものでない(第5要件)

特許権侵害訴訟:吹き矢の矢事件について

事件の概要

吹き矢の矢事件は、「吹き矢の矢」についての特許権(特許第4910074号Espacenet – 原文献)を有する特許権者が吹き矢を製造する者に対して、特許権侵害に該当するとして、差止請求及び損害賠償請求を求めた事件です。

本件は、令和3年(2021年)5月に東京地裁で第1審の判決がなされ、令和4年(2022年)3月に知財高裁で控訴審の判決がなされました。

本件では、この吹き矢の製造が、特許請求の範囲の請求項2に含まれるか否かが争点となっています。

請求項2は、以下の通りです(符号A-Eは、筆者が記入しています)。Espacenet – 原文献

  1. 吹矢に使用する矢であって,
  2. 長手方向断面が楕円形である先端部と該先端部から後方に延びる円柱部とからなるピンであって,該円柱部の横断面の直径が前記楕円形の先端部の 横断面の直径よりも小さいピンと,
  3. 円錐形に巻かれたフィルムであって,先端部に前記ピンの円柱部すべてが 差し込まれ固着されたフィルムと,からなり,
  4. 前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの楕円形の部分が錘として接続された

また、本特許権の保護対象である吹き矢の矢は、次の図面で表されています(下の図が、先端部を表している図です)。

本事件における文言侵害の判断

本事件では、製造された吹き矢が請求項2の構成要件BとDを有するか否かについて争われており、第1審と控訴審とで、文言侵害の判断が異なっています。製造された吹き矢は、次の図面で表されるものです。

第1審での判断

結論から言うと第1審では、被告となった吹き矢の製造は本件特許権の文言侵害に該当すると判断されました。

第1審では、構成要件B,Dの「楕円形」について、以下のように認定しています。

  • 楕円形の意味については明細書で説明されていない
  • 複数の辞書や、裁判所に提出された証拠に基づいて、「幾何学的意味での楕円の形のほか,水滴などともいわれるそれに近い形も含むものであり,また,長手方向の端が同じ曲率ではない形状も楕円形と呼ばれる」と認定した

また第1審では、この特許権において先端部を楕円形とする技術的意義を、明細書の記載に基づいて、以下のように認定したうえで、製造された吹き矢の先端部も同じ技術的意義を有すると認定しました。

  • 先端部を楕円形とすることで,「かえし」がなくなる
  • 上下方向の重心が均等である
  • 矢全体の長手方向の重心を前寄りに寄せる

そしてこれらの認定に基づいて、第1審では製造された吹き矢は構成要件B,Dの両方を満たすため、この吹き矢の製造は本件特許権の文言侵害に該当すると認定されました。

控訴審での判断

一方の控訴審では、本件は文言侵害に該当しない、と判断されています。

控訴審では、構成要件B,Dの「楕円形」について、以下のように認定されました。

  • 辞書的な意味に照らし、楕円形に「卵形」は含まれない
  • 長手方向の端が同じ曲率ではない形状を含むか否かは、明細書における文脈等を踏まえ判断すべきである
  • 本件明細書に楕円形の意味について説明する記載等はない。ただし、本件特許権で「球形」と「楕円形」が使い分けられているため、楕円形は円形を含み得るものではない
  • 本特許の課題(技術的意義)を考慮しても、先端部の形状は、曲率に差のある形状である必要はない

そしてこれらの認定に基づいて、控訴審では、製造された吹き矢は構成要件B,Dのいずれも含まないため、この吹き矢の製造は本件特許権の文言侵害に該当しないと認定されました。

本事件における均等侵害の判断

均等侵害については、第1審では取り上げられておらず、控訴審で検討されています。

控訴審は、まず請求項2の構成要件BおよびDのピン先端部の形状は楕円形であると判断しています。

そして製造された吹き矢の先端部の形状は、前部が曲率の緩い曲線形状、後部が略円錐形となるように円弧を描く形状であると認定しています。

そして控訴審は、先端部を楕円形とする技術的意義を考慮するとこの相違点は発明の本質に関わる部分であるため、均等侵害の第1要件を満たさず、均等侵害に該当しないと判断しています。

現役弁理士からのひとこと

本件については、請求項2に記載された「楕円形」の解釈が争点となりました。

「楕円形」を辞書で引くと、「楕円状をなす形、あるいは、それに近い形。」(デジタル大辞泉)と書かれており、「楕円」を辞書で引くと、「二つの定点からの距離の和が一定な点の軌跡」(デジタル大辞泉)と書かれています。

そのため、本件では、楕円状に近い形というのがどのような形を含むのか、ということについてわかりにくくなっており、ひいては権利範囲がわかりにくくなっています。用語の意味をより明確にするためには、複数の実施形態を記載すること(本件では、ピン先端部について複数の実施形態を記載すること)や、用語の説明を明細書ですること(本件では、楕円形がどのような形状であるか説明する)が必要であると考えます。

特許の取得は弁理士に相談!
あなたの技術に強い弁理士をご紹介!