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「日本の農林水産物を世界に打ち出していくために」農林水産省知的財産課【インタビュー】

知財関係の省庁といえばまず特許庁の名前が挙がると思いますが、他の省庁にも知的財産を扱う部署があります。

今回は農林水産省の知的財産課にお話を伺ってきました。

農林水産省 知的財産課ってどんな場所?

――本日はよろしくお願いします。早速ですが、まずは自己紹介をお願いします

柴﨑氏(以下、柴﨑):よろしくお願いします。農林水産省知的財産課の柴﨑です。

私は農林水産業や食品産業分野での、知的財産マネジメント能力の向上や普及啓発を担当しています。

――そもそも、農林水産省の知的財産課ってどんなお仕事をしている部署ですか?

柴﨑:農業分野での知的財産の活用に関する総合的な政策の企画及び立案が課のミッションです。

また知的財産権のうち、育成者権(種苗法)、地理的表示(GI)(特定農林水産物等の名称の保護に関する法律)は我々が所管しており、それに関連する事務があります。

具体的なお仕事内容

――えっと……?具体的には、どんなことをするのでしょう。

柴﨑:まずは政策の企画立案ですね。農業分野の知的財産に関連する課題に対し必要な調査や情報収集を行い、問題点や改善点を明らかにし、どのように解決を図っていくのか検討して実行します。

解決策としては、法律的なアプローチであったり、補助事業による支援を行ったり、ということが多いですが、それらを使わない方法も考えます。

内容も、私が担当している知的財産マネジメントのような全体的な課題もありますし、GIをより普及・盛り上げていくにはどうするかというテーマを絞った課題もあります。

――では、所管する法律に関連する事務としてはどんな業務を行っているのですか?

柴﨑:育成者権(種苗法)に関連する事務からお話ししましょう。

育成者権は、品種登録制度において、一定の要件を満たす植物の新品種を農林水産省に登録することで、育成した者に「育成者権」を付与し、知的財産として保護する制度です。

当課はその窓口となって、出願の受け付け、審査・登録をしています。また品種登録をする際には栽培試験というステップが必要で、この試験自体は農林水産省ではなく種苗管理センターという別の機関で対応しているため、種苗管理センターとのやりとりも行っています。

ほかにも侵害のチェックをしたり、品種登録に関する国際的な取り決めについての調整業務をしたりもしています。

GIに関連する事務も同様ですね。

登録や審査に関する仕事もありますし、不正使用・侵害がされていないかをチェックする仕事もあります。品種登録同様、GIに関しても各国で相互に保護する、日本のものを外国で使われないように保護するという国際的な協定などがありますので、それらの調整業務も発生します。

――知的財産に関係する省庁、という点は特許庁と同じですが、逆に違うのはどんな部分ですか?

柴﨑:特許庁は基本的に、産業の発展のために色々な制度の枠組みをしっかり作っていらっしゃる場所だと思います。

一方私たちは農林水産業であったり食品産業分野のために知的財産を使いたいと思っていまして、そこに特化した形で知的財産を見ているところが一番の特徴なのかなと思っています。

知的財産課が一番力を入れていること

――貴課は今、どんな業務に一番力を入れていますか?

柴﨑:我が国は、優れた品種を作ったり画期的な栽培技術を編み出したりするところは得意なのですが、作ったものを守ったり活かしたり、活用して儲けに繋げたり、といった部分は不得意と感じています。

ですから、そういう不得意分野についての意識や能力を向上させて、国際的な競争力の向上につなげたい、海外に行っても戦えるようなものにしていきたい、と考えているところです。

――数年前にあった種苗法改正の際も、話題になった内容ですね

柴﨑:そうですね。シャインマスカットなどの事例でご存じかと思いますが、優良品種が海外に流出してしまったために、本来なら日本から直接輸出することで稼いだり、あるいは海外の事業者等に栽培を許諾する代わりにライセンス料を稼いだり、という儲け方が今できていない状況にあります。

そこで意識改革や枠組みの改革を図って、日本の品種や栽培方法でしっかり稼げるようにしていきたいと思っています。

――今、国際競争力というお話が出ましたが、他にはどんな課題があるとお考えですか?

柴﨑:今はAIやデータ分析・利用などが進んでいますよね。それに合わせて、限定提供データや営業秘密といった情報の取り扱いについても、法改正が進められたり、ガイドラインが策定されたりしています。

こうした動きには農業分野も他の産業と同様に対応していく必要がありますが、元々、農業分野は知財に対して意識が高いわけではないことや、同じ産業でも農業と製造業では環境が違うこともあり、行政側のフォローが必要と考えています。

営業秘密を例に取ってお話しすると、経済産業省では、不正競争防止法による保護を受けるために必要となる最低限の水準の対策を示すものとして「営業秘密管理指針」を作成しています。

しかしこの内容は製造業寄りで、そのまま農業の現場には適用できない部分が多くありました。例えばオープンな畑でやっている栽培方法と工場の中でやっている製造方法とでは、対応が異なってくると思います。そこで当課では、農業分野における営業秘密の保護ガイドラインの必要を感じ、対応したところです。

農業分野における営業秘密の保護ガイドライン

今後も、農業分野での知財活用が円滑に行われるよう、私たちが橋渡しをしていきたいと考えています。

農業×知財の使い方が上手な=稼いでいる例を教えて!

――農業における知財の活用、というとなかなかピンと来ない人もいるかと思います。そこで、知財の使い方が上手な農作物の例があればぜひ教えてください!

柴﨑:では今回は、お花といちごの2例を紹介いたしますね。

まずお花のほうですが、岩手県八幡平市の「安代(あしろ)りんどう」というりんどうのお花はご存知ですか?

――すみません、今回初めて知りました…。一体どんなりんどうで、どんな風に知財を活用しているのですか?

柴﨑:こちらは品種登録をして育成者権を取るのと同時に、商標権で「安代りんどう」という名前を保護しています。それと同時に、海外展開を上手く図っている例でもありますね。

彼らはニュージーランドやチリのような南半球の農家さんとライセンス契約を結び、りんどうの通年供給を実現しています。

ライセンス料の収入を得ると同時に、現地からの出荷時期を制限して、日本から出荷される時期とバッティングしないよう調整しているところが、権利面でも栽培の時期という面でも、上手にやっているポイントになりますね。

――栽培時期をずらす!とても賢い方法ですね。では、いちごの方の事例についても教えてください

柴﨑:今回ご紹介するいちごは「とちあいか」という、栃木県で作られている品種になります。こちらは最近増えてきている、育成者権と商標とを上手く使い分けている例になります。

品種登録は「栃木愛37号」で行っているのですが、品種登録制度は独占できる期限が登録日から25年と決まっていて、品種登録が切れてしまうと誰でも使えるようになってしまいます。一方で商標は更新することにより半永久的に名称を独占することが可能です。そこで品種登録とあわせて商標登録をし、「とちあいか」という名前を守っています。

「とちあいか」はひらがな表記が正式なものになりますが、ローマ字や漢字でも登録をしていて、海外からの参入や流出にも対応できるよう配慮されています。また海外対策として、中国やアメリカでも商標登録をしています。

しかも「とちあいか」の場合は野菜や果実の分類だけでなく、お菓子のような加工品、飲み物なども権利範囲に含まれるよう商標登録をしている点も上手ですね。

※注:商標登録をする際には、区分という商品カテゴリーを指定する必要があります。そして商標として独占利用できる範囲は区分として指定したカテゴリーの範囲内に限られる、というルールがあります。

個人農家にできることはある?

――ここまでのお話は、どちらかと言うとJAのような「団体」向けの内容だったかと思います。逆に個人農家のひとは、農作物の知財を活かして稼ぎに繋げるために、どんなことをすればいいですか?

柴﨑:確かに、個人レベルでは何をしたらいいかと思ってしまいますね。

でもこれからは、農家の方一人ひとりにこそ、知的財産に意識を向けていただきたいと思います。できることを2つ紹介しますね。

――1つめは、どんなことですか?

柴﨑:品種をはじめとする知的財産を保護するためのルールを理解していただくことです。特に登録品種の増殖などは、悪意なく行ってしまうこともあるかもしれません。種苗法に抵触していないか、きちんと確認してみてください。

登録された品種を勝手に増殖して売ってしまった、なんてことが流出の原因になってしまうので、意識していただければと思っています。

――では、もう1点は?

柴﨑:皆さんが普段から何気なくやっている技術や、日常的に扱っている品種も、知的財産として価値があるものだということを意識していただけたらと思います。

例えば良いイチゴを育てるための、肥料の種類や播くタイミングの工夫は、「良いイチゴを育てるためのノウハウ」です。他の人たちから見ると、これまでにない素晴らしい技術かもしれません。

この技術を自分だけの情報にしておけば、自分の畑でだけ良いイチゴを作れるので競争力の確保につながりますが、技術を安易に漏らしてしまった結果、うまく儲けに繋げられなかった、ということは往々にしてあります。

これはとても残念なことですので、あらかじめ「この方法は流出しないようにみんなで守ろうね」「逆にこの情報はみんなに広めよう」と、情報の扱いを意識して頂きたいと思います。

――いわゆる「オープン・クローズ戦略」というやつですね!でも知財に詳しくない人にとっては難しい内容になるので、分かりやすい例えなどがあればぜひ聞きたいです

柴﨑:そうですね…。もし害虫を防ぐ画期的な方法があったとして、これを自分の農地だけでやっていても、周りから害虫が来ちゃったらしょうがないので、みんなでやりましょうという風になると思います。

逆に、パーフェクトな色・形の野菜を実らせる方法があったとき、その育成方法を自分たちだけの秘密にできれば、他の農家との差別化が図れて儲けやすくなるかと思います。

――もしも農家の方や農業団体の方が知財関係の相談をしたいな、と考えたとき、良い相談場所などはありますか?

柴﨑:もちろんありますよ!農林水産省関係のチームや弁理士会の支援チームなどがあって、そちらで相談を受けています。詳しい連絡先も農林水産省のホームページの一番下に掲載していますので、ぜひこうした場所を活用していただければと思います。

弁理士の方もぜひ、農業界への参入を!

――知財のプロと言えばやはり弁理士の名前が挙がります。もしも弁理士に対してなにか伝えたいことがあれば、ぜひ教えてください。

柴﨑:農業界の知財意識はまだあまり高くないことを私たちも課題に感じていて、これからどんどん高めていく必要があると考えています。

そこで弁理士のみなさんにもぜひ、農業や農業界に関心を持って、参入していただけたらと思います。弁理士さんの視点で農家さんや現場の方の声を聞いてみてください。ビジネスチャンスがあるかもしれません。

「農業だからちょっと違うかもな」「農業は知財とは関係なさそうだな」と考えずに積極的に参入いただければと思います!

最後に

――最後に一言、メッセージをお願いします!

柴﨑:農業分野には以前から、いわゆる紳士協定のようなものがあり、全てをオープンにしても自分の権利は守られて侵害されないという状況がありました。

ですが近年は、日本の国際的な人気の向上や輸出促進の取組を行っている中で、日本の皆さんが作ってきた品種・ブランドを、海外でタダで利用されてしまう案件が増加しています。

まさに今、農家の方や現場サイドの方の意識改革が求められています。同時に知財関係に詳しい方にもぜひ農業界に参入していただいて、守るだけではなく、ビジネスとして攻められるような形で知財も活用していけたらと考えています。

日本の農林水産物を世界に打ち出していくためには、世界で戦える技術や品種ももちろん必要ですが、世界で戦える知財戦略も不可欠です。そんな環境を整えていきたいと思いますので、ご協力よろしくお願いします。農業、楽しいですよ!

――本日はありがとうございました!

【今回取材した方】

農林水産省 知的財産課

柴﨑智佳氏

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