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台湾 化学分野における補正「新規事項追加」の判断に関する判例(知的財産及び商事裁判所2021年行専訴字第1号判決)

(2022年1月5日 発行)
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本ニュースは、台湾での知財活動を支援する「維新国際専利法律事務所」がお届けしています。

(提供:維新国際専利法律事務所

台湾特許出願「波長変換構造及び投影装置(出願番号:106122799)」で行われた補正に対し、台湾特許庁は新規事項の追加に該当するため当該補正は認められないと判断した上で、補正前の発明は進歩性を有しないとして拒絶査定を下したが、その後知的財産及び商事裁判所は台湾特許庁の査定を取消す判決を下した。

同裁判所は判決において、「明細書に形式上直接記載されていない事項であっても、明細書や図面に実質的な暗示があり、当業者であれば出願時に提出された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載から、直接的かつ一義的に知ることができるものであれば、当該事項を追加する補正は新規事項の追加には当たらない。」とし、新規事項追加の判断基準について再度明確な見解を示した。

事件の概要

中強光電股份有限公司(Coretronic Corporation、本件原告)は、特許出願「波長変換構造及び投影装置(出願番号:106122799)」の出願人であり、再審査の審査中に特許請求範囲の補正書を提出したが、台湾特許庁は「本補正は出願時に提出された明細書、特許請求の範囲及び図面で開示された範囲を超えるものであるため認められず、且つ進歩性を有さない」とし、再審査拒絶査定を下した。原告はこれを不服として知的財産裁判所に行政訴訟を提起した。審理の結果、知的財産及び商事裁判所は台湾特許庁の査定を取消す判決を下した。

本件発明の内容

本件請求項1に係る発明の内容は以下の通りである。

「照明システムを含む投影装置であって、

前記照明システムは光源と、波長変換構造と、光弁と、結像システムとを含み、

前記光源は照明ビームを提供し、

前記波長変換構造は前記光源から発せられる前記照明ビームの伝達経路上に配置され、

前記波長変換構造は回転盤と、波長変換物質と、拡散反射物質とを含み、

前記回転盤は光変換区及び非光変換区を具え、前記光変換区は前記非光変換区を取り囲み、

前記波長変換物質は前記回転盤上に配置され、且つ前記光変換区に合うように位置し、前記波長変換物質のエネルギーギャップは前記照明ビームのフォトンエネルギーより小さく、

前記拡散反射物質は前記回転盤上に配置され、且つ前記光変換区に合うように位置し、前記拡散反射物質のエネルギーギャップは前記照明ビームのフォトンエネルギーより大きく、前記波長変換物質と前記拡散反射物質が混合して混合物となり、前記拡散反射物質は前記非光変換区に合わず、

前記光弁は前記波長変換構造からの変換ビームを映像ビームに変え、

前記結像システムは前記映像ビームの伝達経路上に配置される、ことを特徴とする投影装置。」

出願人は進歩性否定の拒絶理由で挙げられた先行技術との相違点を明確にするため、 「前記波長変換物質と前記拡散反射物質は混合して混合物となり変換」を「前記波長変換物質と前記拡散反射物質は混合して単層混合物となり変換」へ補正した。

台湾特許庁の見解

明細書には形式上「単層混合物」という単語は記載されておらず、また波長変換構造(100e)を示す図5A、5Bにおいて、図5Aでは符号190(即ち、混合物)の部材上に符合120R1(120)(即ち、波長変換区120R1又は波長変換物質120)も標記されているが、図5Bでは符号190の部材には他の符号は標記されていない。よって、当業者であっても前記図から混合物が単層混合物であると直接且一義的に知ることができない上、「単層混合物」と「混合物」を比較した場合、後者の方が明らかに広義的である。

前述の通り、出願時に提出された明細書、特許請求の範囲及び図面から、直接かつ一義的に混合物が単層混合物であるとは知ることができないため、本補正は出願時の開示範囲を超えるものであり、認められない。


知的財産及び商事裁判所の見解

明細書【0053】~【0054】及び図5A~5Dは第4実施例に関するもので、ここでは第1~3実施例で個別に設けられている波長変換物質120と拡散反射物質130とを混ぜ合わせ、混合物190を形成している。

補正後請求項1に「前記波長変換物質は…前記拡散反射物質は…前記波長変換物質と前記拡散反射物質が混合して混合物となり」とあるが、波長変換物質と拡散反射物質を混ぜ合わせ混合物を形成する技術的特徴は、第1~3実施例では開示されていない。よって、当業者であれば請求項1に係る発明は第4実施例に対応していると直接かつ一義的に知ることができる。

第4実施例を説明する明細書【0054】「波長変換物質と拡散反射物質を混ぜ合わせて、混合物190を形成する。こうすることで前記混合物190は波長変換の機能と拡散反射の機能を具え、多層塗布により起こる層同士の結合不良を防ぐ」という記載において、第4実施例の混合物190が拡散反射及び 波長変換の機能を有するため、第1~3実施例のようにまず光を均一に拡散させるための拡散反射材料からなる層を設け、その後波長を変換するための波長変換材料からなる層を設ける必要がなく、混合物からなる単層のみで層同士の結合不良を防げることが暗示されている。また図5B及び5D(第4実施例に対応)から、混合物190が単層構造であること、図2B、2D、3B、3D、4B、4D(第1~3実施例に対応)の多層構造とは異なることが分かる。

よって、明細書には形式上「単層混合物」という単語は記載されていないが、明細書【0054】及び図5B、5Dに当該内容が実質的に暗示されており、当業者であれば出願時に提出された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載を基に、請求項1の混合物が単層混合物であると直接かつ一義的に知ることができる。

図面に付される符号は明細書内容の理解を容易にするためのもので、同一部材は異なる図面において繰り返し標記してもよく、省略してもよい。図5A及び5Bに標記された符号によっては、混合物190が単層混合物であると直接かつ一義的に知ることはできないが、明細書【0054】の内容と合わせて考えると、混合物190が単層混合物であることが分かる。弊所コメント

補正とは先行技術との差別化を図り、新規性・進歩性を解消する手段の1つであって、補正後の内容が出願時に提出した明細書、特許請求の範囲及び図面を越えていない点を如何に主張するかが重要となる。裁判所は本件において、「出願時の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された意味を一字一句全て解釈することにこだわらず、本件のように明細書、特許請求の範囲又は図面に形式上その技術内容が明確に又は明示的に記載されていなくても、当業者が出願時の明細書、特許請求の範囲又は図面の記載から直接的かつ一義的に知ることができる場合、新規事項の追加には当たらない」と述べ、専利審査基準に規定の新規事項の判断基準について改めて明確化した。補正時においてはこの見解を活用することで、補正が認められる機会を高めることができる。

なお本件において出願人は明細書を作成する際に、全く過失がなかったという訳ではない。明細書において「単層混合物」という単語を記載していれば、補正された請求項の範囲が明細書で十分に裏付けられることを説明できただけでなく、本件のような行政訴訟に多くの時間を費やすことも回避できたと思われる。

Wisdom International Patent & Law Officeのコメント

補正とは先行技術との差別化を図り、新規性・進歩性を解消する手段の1つであって、補正後の内容が出願時に提出した明細書、特許請求の範囲及び図面を越えていない点を如何に主張するかが重要となる。裁判所は本件において、「出願時の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された意味を一字一句全て解釈することにこだわらず、本件のように明細書、特許請求の範囲又は図面に形式上その技術内容が明確に又は明示的に記載されていなくても、当業者が出願時の明細書、特許請求の範囲又は図面の記載から直接的かつ一義的に知ることができる場合、新規事項の追加には当たらない」と述べ、専利審査基準に規定の新規事項の判断基準について改めて明確化した。補正時においてはこの見解を活用することで、補正が認められる機会を高めることができる。

なお本件において出願人は明細書を作成する際に、全く過失がなかったという訳ではない。明細書において「単層混合物」という単語を記載していれば、補正された請求項の範囲が明細書で十分に裏付けられることを説明できただけでなく、本件のような行政訴訟に多くの時間を費やすことも回避できたと思われる。

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