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台湾 化学分野における有利な効果と予測せぬ効果の事例(基板を化学機械研磨する方法事件)


(2022年6月15日 発行)
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本ニュースは、台湾での知財活動を支援する「Wisdom International Patent & Law Office」がお届けしています。

複数の文献による組み合わせで進歩性を否定する事は実務上よく見られる状況であるが、台湾特許庁が単一の文献によって発明が進歩性を有しないと認定した場合、出願人・特許権者による応答・主張内容はかなりの調整が必要である。本件は基板を化学機械研磨する方法に関する特許出願における拒絶査定の行政訴訟であり、審査において台湾特許庁は単一の文献により本件発明は進歩性を有しないと判断し、裁判所も台湾特許庁の判断を維持した。本件において裁判所は、有利な効果、予期せぬ効果、阻害要因、動機付け等の判断について詳細に論述しており、参考に値する。

事件経緯

本件は「キャボット マイクロエレクトロニクス コーポレイション」(出願人、原告)が台湾特許庁(被告)による第106144950号「炭化ケイ素を研磨するための組成物及び方法」特許出願拒絶査定に対する取消訴訟である。知的財産裁判所は引用文献2によって本件請求項1、3~8に係る発明が進歩性を有しないことが証明されると認定し、原告の請求を棄却した(110(2021)年行専訴字第22号行政判決)。

本件発明と引用文献の主な技術的特徴

本件発明は、炭化ケイ素に相対的に高い除去速度を与えると同時に、炭化ケイ素を半導体ウェハの表面上に存在する他の材料よりも優先して選択的に除去することが出来る、基板を化学機械研磨する方法及び研磨組成物である。

【請求項1】

基板を化学機械研磨する方法であって、
(ⅰ)基板を提供すること、前記基板は、炭化ケイ素層を前記基板の表面上に含むものである;
(ⅱ)研磨パッドを提供すること;
(ⅲ)
   (a)シリカ粒子、
   (b)スルホン酸モノマー単位を含むポリマー、スルホン酸モノマー単位を含む前記ポリマー
は、ポリスチレンスルホン酸、ポリ(2-アクリルアミド-2-メチル-1-プロパンスルホン酸)及びポリ(スチレンスルホン酸-コ-マレイン酸)から選択され、且つその平均分子量が約75,000g/モル~約200,000g/モルである、及び
   (c)水
を含む研磨組成物を提供すること、前記研磨組成物のpHは約2~約5である;
(ⅳ)前記基板を前記研磨パッド及び前記研磨組成物と接触させること;ならびに
(ⅴ)前記研磨パッド及び前記研磨組成物を前記基板に対して相対的に移動させて前記基板の表面上の前記炭化ケイ素層の少なくとも一部を研削して前記基板を研磨すること
を含む、方法。

引用文献2 CN106244021(「セリア被覆シリカ研磨剤を使用したバリア化学機械平坦化スラリー」)における化学機械平坦化スラリーは、シリカ粒子を含む化学機械平坦化(「CMP」)研磨組成物に異なる膜間での研磨除去選択性を与える。この組成物は内部接続金属や酸化ケイ素誘電体膜の研磨について高い除去速度を与えると同時に、低-K誘電体膜やa-Si膜やW膜の研磨について停止性を有することが実現できる。

本件請求項1(以下、本件発明1)と引用文献2で開示された内容の対応表は以下の通りである。

本件発明1引用文献2
基板を化学機械研磨する方法であって、
(ⅰ)基板を提供すること、前記基板は、炭化ケイ素層を前記基板の表面上に含むものである;
明細書[0069]-[0070]
(ⅱ)研磨パッドを提供すること;明細書[0023]
(ⅲ)
(a)シリカ粒子、
明細書[0024]-[0028]、[0082]
(b)スルホン酸モノマー単位を含むポリマー、スルホン酸モノマー単位を含む前記ポリマーは、ポリスチレンスルホン酸、ポリ(2-アクリルアミド-2-メチル-1-プロパンスルホン酸)及びポリ(スチレンスルホン酸-コ-マレイン酸)から選択され、且つその平均分子量が約75,000g/モル~約200,000g/モルである、及び明細書[0053]-[0057]、[0118]-[0119]、[0162]「適切な分散添加剤としては、限定されないが、…、コポリマーの同一分子内にカルボン酸基、スルホン酸基、又はホスホン酸基のような、少なくとも2つの異なる種類の酸基を含有するコポリマー及びそれらの塩、…が挙げられる」 明細書[0162] 「粒子の分散を安定化させるための分散剤として、また、SiN膜の除去速度を調整するための添加剤として、0.001~0.25wt%のポリアクリル酸及びその塩、ポリアクリル酸アンモニウム、ポリアクリル酸カリウム、ポリスチレンスルホン酸又はその塩と・・・を用いて調製した。」
(c)水
を含む研磨組成物を提供すること、
明細書[0031]
前記研磨組成物のpHは約2~約5である;明細書[0034]
「前記研磨組成物が約2~11のpHを有する」
(ⅳ)前記基板を前記研磨パッド及び前記研磨組成物と接触させること;ならびに明細書[0022]-[0023]
(ⅴ)前記研磨パッド及び前記研磨組成物を前記基板に対して相対的に移動させて前記基板の表面上の前記炭化ケイ素層の少なくとも一部を研削して前記基板を研磨すること を含む、方法。明細書[0089]
「組成物中にセリア被覆シリカ粒子を使用することで、コバルト、様々な種類の酸化ケイ素、窒化ケイ素及び炭化ケイ素の膜のような幾つかの膜の種類に対して、比較的低い研磨粒子濃度で極めて高い除去速度が得られ」

上表から分かるように、引用文献2において本件発明1の全ての技術的特徴が開示されている。引用文献2においては、当該組成物の組成等を調整することで相対的除去速度等のような研磨性能を向上させることができることについても示唆がされている。これにより台湾特許庁は、当業者であれば引用文献2で開示された技術的內容に基づき本件発明1を容易に完成させることができるため、引用文献2によって本件発明1が進歩性を有しないことが証明されると認定した。

原告(出願人)の主張

有利な効果について

本件発明1に係る方法により、課題が解決され、炭化ケイ素に高い除去速度を与えると同時に、SiNやSiO等の材料の存在下で炭化ケイ素を優先して選択的に除去することが出来る(相対的除去速度が5:1以上)という効果を達成でき、「SiC/SiN、SiC/SiOの高い研磨選択性」という有利な効果を奏する。

容易想到性及び選択された添加物の予期せぬ効果について

引用文献2においてスルホン酸化合物の使用が示唆されているが、当該スルホン酸化合物は複数の添加剤の一つとして使用されているにすぎないため、当該技術を熟知する者は引用文献2の示唆から本件発明1で選択された添加剤を使用することを直接的かつ一義的に知ることができず、大量の試行錯誤を経なければ引用文献2でその使用が教示された添加剤の使用を試みることを想到できない。また、引用文献2においてスルホン酸化合物によるSiC膜の除去速度に関する効果が実施例によって証明されていないのに対し、本件明細書等では、選択された添加剤によって良好なSiC除去速度及び高いSiC研磨選択性等の予期せぬ効果が奏されることが具体的に記載されている。

引用文献2における阻害要因について

引用文献2明細書[0104]において、CMP組成物のpHがpH<8である場合、低-K誘電体膜(炭化ケイ素膜を含む)の除去速度が抑制されるため、pH<8が望まれると開示されている。この開示内容によれば、当該技術を熟知する者が、本件発明1のように炭化ケイ素(低-K誘電体に属する)の除去速度を増加させようと考える場合、研磨組成物のpHを8以下(本件発明1に係る研磨組成物はpH=2~5)に調整しないはずである。しかし引用文献2では、炭化ケイ素等の除去速度を抑制するために研磨組成物のpHを<8とすべきであると示唆されていることから、引用文献2には本件発明1についての阻害要因が存在する。

引用文献2に基づいて本件発明1を完成させる動機について

引用文献2に係る発明はコバルトのような内部接続金属及び酸化ケイ素誘電体を研磨する方法に関するものであり、「炭化ケイ素に相対的に高い除去速度を与えること」及び「炭化ケイ素を半導体ウェハの表面上に存在する他の材料よりも優先して選択的に除去すること」を目的としている本件発明1とは全く異なる。

引用文献2に係る発明が解決しようとする課題又は目的は、内部接続金属及び誘電体等の除去速度にあるのに対し、本件発明1が解決しようとする課題は、主に炭化ケイ素、窒化ケイ素等の層に対する研磨にあり、両者は解決しようとする課題が異なる。

また、本件発明1と引用文献2に係る発明は達成しようとしている効果においても異なる。本件発明1に係る研磨組成物は、金属層及び酸化物の研磨についてより高い除去速度を与えると同時に窒化ケイ素の研磨について適切な除去速度を与え、且つ低-K誘電体(炭化ケイ素(SiC)を含む)及びW材料の研磨について停止性を有する。一方、引用文献2では全体として、その研磨組成物は低-K誘電体について研磨選択性が低いことが示唆されており、さらに引用文献2実施例3の組成物7によって引用文献2に係る研磨組成物は低-K誘電体を殆ど研磨しないことが証明されている。

知的財産及び商事裁判所の見解

知的財産及び商事裁判所は原告(出願人)の主張を認めなかった。理由は以下の通りである。

「SiC/SiN、SiC/SiOの高い研磨選択性」という効果について

発明専利審査基準第二編第三章3.4.2.2では有利な効果に関し「…出願人が…主張した有利な効果は…技術的手段を構成する全ての技術的特徴によって直接的に奏される技術的効果でなければならない…」と規定されている。しかし本件請求項1、3から6の記載内容によれば、前記請求項に係る方法においては、その基板の表面上に炭化ケイ素層を含むと限定されているに過ぎず、その基板の表面上に炭化ケイ素層と共にSiN、SiO材料も備えなければならないことについては具体的に限定されていない。よって、当該方法で使用される基板の表面上にそれら材料を含まない場合、それら請求項で限定される発明は前記SiC/SiN、SiC/SiOの高い研磨選択性という効果を奏し難いと考えられる。また、引用文献2で開示されている発明の内容は本件請求項1(独立項)の全ての技術的特徴を含んでいることから、引用文献2で開示されている発明は固有性質から自然に本件請求項に係る発明と同一の有利な効果を奏し得ると考えられる。

引用文献2の阻害要因について

引用文献2実施例3で示されているのはTEOS(tetraethoxysilane):Co::SiNであり、除去速度の低い膜層材料に炭化ケイ素は含まれないことから、引用文献2における低-K膜が炭化ケイ素膜を指す又は含むとは認定し難い。また引用文献2明細書[0089]において「セリア被覆シリカ粒子を使用することで、様々な種類の・・・窒化ケイ素及び炭化ケイ素の膜のような幾つかの膜の種類に対して、・・・極めて高い除去速度が得られ、・・・炭素を含有する低-K膜(有機ケイ素酸塩ガラス及びポリマー膜の両方)、・・・に関して、極めて低い除去速度を有するような能力を提供する」という記載から、引用文献2でいう炭素を含有する低-K膜は主に「有機ケイ素酸塩ガラス及びポリマー膜の両方」を指し、当該組成物は炭化ケイ素の膜に対して非常に高い除去速度を有することが明確に指摘されている。よって、引用文献2では炭化ケイ素は低-K材料ないし除去速度の低い材料として分類していない。

また引用文献2明細書[0104]前段において、CMP組成物のpHは約2~約12の範囲であると明記されていることから、本件関連請求項における「pHは約2~約5である」という技術的特徴そのものについて、当該特徴が引用文献2に開示されていると十分に認定できる。さらに、引用文献2明細書[0104]において「スラリー組成物の最適なpHは、特定の用途に対する具体的な性能の要求次第である」といった内容が明記されているため、当該技術を熟知する者であれば、この示唆を得た後、自身が持つ一般的な技能に基づき、応用での必要に応じて、当該引用文献で開示された範囲(2~12)内で、慣行される実験により研磨組成物のpHを適宜調整する動機を当然に有する。

進歩性判断における積極的な試行錯誤(trial and error)の苦労の要否について

発明が進歩性を有するか否かは、当業者が出願前の先行技術に基づき当該発明を容易に完成できるか否かにより判断する。先行技術で開示された内容から本件発明を直接的かつ一義的に知ることができるか否か、先行技術に記載されている対応する実施例又は選択可能な手段の多寡等には必然的な関連性がない。よって、先行技術においてそれら手段について試行錯誤を行う示唆がされていれば、たとえ数が多いとしても、当該発明を容易に完成させることを妨げない。まして、引用文献2では組成物が優れたSiC、SiNの除去速度を与えることが具体的に開示されており、当該技術を熟知する者であれば、当該組成物の性能を向上させるために(例えば、SiN膜の除去速度を調整するために)、引用文献2で具体的に教示されている添加剤の中から選択することを試み、限られた回数の試験により適用可能な特定のものを容易に選出でき、その成功又は効果を合理的に期待できる。

本件発明が奏し得る効果の「質的な変化」又は「量的な変化」について

「予期せぬ効果」とは、特許出願に係る発明が、関連する先行技術と比較して予期せぬ効果を奏することを指し、効果が顕著に向上すること(量的な変化)、又は新しい効果を奏すること(質的な変化)を含む。引用文献2では、組成物が優れたSiC、SiN等の除去速度を与えること、及びポリスチレンスルホン酸などのポリマーを添加することでSiN膜の除去速度を調整可能であることが具体的に開示されていることから、本件発明が奏する前記効果は、質的な変化があり当該技術を熟知する者が予測できないものであるとは言い難い。また、当該効果の「量的な変化」について、出願人が提出した資料では、当該技術を熟知する者が当該効果に関して一般的に期待している数値等のデータが十分に証明されていないため、本件発明が予期せぬ効果を奏するとは認定できない。

本件発明の容易想到性について

審査基準の規定によれば、引用文献を選択する際には、主として引用文献に係る発明と本件発明との間に関連性があるか否かを考慮する必要がある。引用文献に係る発明と本件発明の解決しようとする課題又は目的が同一であるか否かまで制限する必要はない。さらに、引用文献2では、組成物が優れたSiC、SiNの除去速度を与えること、及びSiN膜の除去速度を調整するための添加剤としてポリスチレンスルホン酸などのポリマーを選択可能であることが具体的に開示されており、炭化ケイ素、窒化ケイ素等は半導体チップでよく用いられる誘電体膜の材料であり、加えて、所望の性能を発揮させるために研磨組成物における研磨粒子等の分散安定性を維持することは、研磨組成物に対する基本的な要求であり関連技術分野における通常知識である。以上より、当該技術を熟知する者は引用文献2に基づき本件発明を容易に完成させる動機を有することが明らかである。

弊所コメント

本件発明に係る基板を化学機械研磨する方法は、炭化ケイ素に相対的に高い除去速度を与えることを目的及び効果のポイントとしている。しかし、引用文献2に係る基板を研磨する方法では、組成物について除去速度を調整する示唆がされている。即ち、本件発明は引用文献2に係る発明の選択発明と言える。引用文献2の実施例において炭化ケイ素の除去速度については検証されていないものの、本件請求項1で限定された全ての技術的特徴は同一の引用文献(引用文献2)で開示されているため、本件発明と引用文献2に係る発明との間に顕著な相違(有利な効果、予期せぬ効果等)がない限り、通常、進歩性が認められる可能性は低い。

本件において、出願人は発明の目的、有利な効果、阻害要因、選択を為す動機等に基づいて本件発明の進歩性について全力を尽くして論じた。しかし、引用文献2に係る発明は目的のポイントが本件発明のポイントと少々異なっていても、両者の研究方向性は近い。また、引用文献2ではpHが低い場合に炭化ケイ素に高い除去速度を与え得ることは明確に排除されていないため、阻害要因による反論も認められなかった。仮に本件が複数の引用文献を組み合わせることによって進歩性が否定されるケースであるなら、本件出願人が採用した応答方針により拒絶理由が解消される可能性があるかもしれないが、本件は単一の引用文献のみによって本件発明の技術的特徴が殆ど開示されているケースであり、動機を中心とする応答方針は認められる可能性が比較的低い。よって、本件のような状況にあった場合、応答方針を変更することを推奨する。

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