グーグルPixel 7の特許権侵害事件について解説します

2025年6月23日、特許権侵害訴訟で、GoogleのPixel 7について販売を差し止める判決が東京地方裁判所より出ました。
この判決は、標準規格に関わる製品を実施しているGoogleに対して標準必須特許の侵害が認められ、差止請求が認められたという点で、注目されています。今回は、この判例について解説します。
Pixel 7差止請求について
GoogleのPixel 7に対する特許権侵害訴訟は、特許権者である韓国のPantechが原告、Googleが被告となった事件です。
この訴訟では、Pantechを特許権者とする特許第6401224号が標準必須特許であるところ、標準必須特許は標準規格に準規する技術の特許であり、標準規格では広く普及させるという目的を有することから、特許権侵害に基づく差止請求が認められるか否かについて争われました。
標準必須特許とは
標準必須特許(SEP:Standard Essential Patent)とは、標準規格に準拠した製品の製造・販売やサービスの提供を行う際に必ず実施することになる特許権をいいます。
標準規格は主に通信分野で使用されていて、異なる機器を使用してもシステムや技術の相互互換性・品質を確保し、同じサービスなどを受けられるようにするための規格です。したがって、標準規格を使用した製品を販売しようとすると、必然的に標準必須特許を実施することになります。
そのため標準規格においては、標準規格に関わる特許権によって標準規格に準規した製品が実施できなくなることを避け、特許権者の利益と標準技術の普及とのバランスを取ることを目的としたルールが定められています。
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標準規格におけるルール
標準規格に関わる知的財産権(IPR)に関する主なルールは2つあります。
- 標準必須特許の特許権者に対して、ライセンス許諾の条件などの方針を表明する
- FRAND宣言を要求する
なおFRAND宣言とは、”Fair, Reasonable and Non-Discriminatory”を意味しており、標準必須特許の特許権者が標準化機関に対して、公平かつ非差別的にライセンスする意思があると表明することを指しています。
特許権侵害による差止請求が認められた理由
今回の訴訟で注目される点としては、標準必須特許に基づく差止請求が権利の濫用に相当するか否か、すなわち、差止請求が認められるか否か、という点にあります。
通常の特許権侵害訴訟では、差止請求を主張していた場合において、特許権侵害が認められたときには特許権侵害に基づく差止請求が認められます。
しかし標準必須特許の場合は話が違ってきます。
標準規格を使用した製品を販売しようとした場合、必然的に標準必須特許を実施すること、FRAND宣言により公平かつ非差別的にライセンスする意思を表明していることを理由に、以下の点が問題となります。
- ライセンス交渉が不調に終わった場合に、このライセンス交渉が公平かつ非差別的なものであったか否か
- ライセンス交渉が公平かつ非差別的なものであったか否かにより、差止請求の認容又は棄却を判断することが妥当であるか
今回の訴訟では、裁判所からの和解勧告で、ライセンスを締結することについて両社が同意したにも関わらず、Google側がライセンス料の算定に必要な情報(侵害品の台数などの情報)を開示せず、和解案も提示しませんでした。
そのため裁判所は、Google側についてライセンスを受ける意思が認められないとして、特許権侵害に基づく差止請求を認容しました。
本訴訟におけるライセンス交渉の流れ
今回の訴訟における、和解勧告後のライセンス交渉は、以下の1から4の流れとなっています。
- PantechとGoogleは、ライセンスの条件について交渉で合意することができなかったため、裁判所は、Pixel 7の販売が特許権の侵害である旨の心証を示したうえで、和解を勧告した。
- 両当事者は和解協議を裁判所で行うことに同意した。
- 裁判所はライセンス料の算定方法について、最終製品の売上高を起点とする2014年の大合議判決の基準を踏まえた和解案の提示をGoogleに求めた。
- しかし、Googleは、算定が過度に複雑になるため和解案を提示できないと回答し、侵害品の販売額および販売台数を一切開示しなかった。
そしてこれら1から4の経緯を経て、裁判官は、Googleは自らライセンス交渉の余地をなくしたのであり、ライセンスを受ける意思があると認められないとして、差止請求を認容しています。
他国の裁判動向
近年は、他国でも標準必須特許に関連する特許権侵害訴訟が行われています。
欧州では、パナソニックホールディングス社が中国スマートフォン大手のOPPOに対して標準必須特許(特許番号:EP2568724)に基づいて特許権侵害訴訟を提起し、欧州統一特許裁判所(UPC)が差止請求を認めた判例があります。
この訴訟において裁判官は、特許権者と実施者との間でなされたライセンス交渉のステップに着目しています。具体的には、以下の1から4のステップを踏んでいるかどうかがポイントとなっています。
- 特許権者は実施者に対し侵害通知(警告書)を提出する。
- 侵害通知を受けた実施者が、ライセンスを取得する意思を表明する。
- この意思表明に対し、特許権者はFRAND条件でのライセンスオファーを実施者に提供する。
- 実施者は、FRAND条件でのカウンターオファーの提出を含め、これに真摯に対応する。
この判例では、実施者がこの2、4を遵守しない場合には、特許権者は差止請求を要求することができるものの、特許権者が1、3を遵守しない場合には、差止請求を要求することができない、との判断がなされています。
そして今回の事例では、OPPOのカウンターオファーがFRAND条件に適合していないため、上記4を遵守していないとして、特許権者の差止請求を認めています。
今後の展開
今回のPixel 7差止請求については、Googleは既に控訴の意思を表明しています。そのため、本件については、知財高裁で引き続き争われることになります。
ただし、このPixel 7は新品での販売はなされていないため、この差止請求によるGoogle社への影響は少ないと思われます。(2025年6月23日時点で、Google Store で買えるのはPixel 8a以上の機種のみ)
過去にあった、標準必須特許に関わる訴訟例
ところで従前には、標準必須特許の特許権者であるサムスン電子と実施者であるアップルジャパンとの間で、特許権侵害訴訟がありました。この訴訟は2011年から2014年にかけて、日本を含む複数国で行われました。
日本では、標準必須特許の特許権者は標準規格の利用者に当該特許が利用されることを前提として、自らの意思でFRAND宣言がなされています。
また標準必須特許の特許権者は、標準規格の一部となることで幅広い潜在的なライセンシーを獲得することができます。
そのため裁判所は、標準必須特許の特許権者がFRAND条件で対価を得ることができる限り、差止請求権を通じた独占状態の維持を保護する必要はないと判示しています。
そして日本では、以下の①から③の判断基準に基づいて、差止請求は権利の濫用により認められないとの判決がなされました。
- FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者に対し, FRAND宣言をしている者による差止請求は認められない。
- その一方で、FRAND条件でのライセンスを受ける意思を有しない者に対しては、差止請求は認められる。
- ただし、FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないとの認定は厳格にされるべきである。
この訴訟については別の記事でも解説していますので、ぜひ併せてご覧ください。
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特許事務所に勤務している弁理士です。中小企業のクライアントを多く扱っています。特許業務が主ですが、意匠・商標も扱います。
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