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標準必須特許(SEP)とは?現役弁理士が詳細解説します

標準必須特許とは

標準必須特許(SEP:Standard Essential Patent)とは、標準規格に準拠した製品の製造・販売やサービスの提供を行う際に必ず実施することとなる特許権をいいます。なお標準規格とは、品質の向上や製造の効率化、使用者の利便性などの観点から、各製品の形状や品質の仕様に関して定めた規格です。

標準規格は従来、主にスマートフォンなどの通信分野で使用されていましたが、近年では自動車分野でも使用されてきています。

標準化する目的

技術を標準化する目的は、異なる機器を使用してもシステムや技術の相互互換性・品質を確保することで、同じサービスなどを受けられることにあります。

例えば電話やインターネットなどの通信分野では、通信に関する技術が標準規格によって定められているために、使用者が好きなスマートフォンを使用し、様々な電話会社が通信会社のサービスを利用して、通信することが可能となっています。

標準必須特許の具体例

標準必須特許の具体例としては、次のような特許があります。

特許第4642898号(特許権者:サムスン電子)

これはパケットデータを送受信する技術に関する特許です。日本以外にも、欧州、米国、韓国、中国等多数の国で特許化されています。

この特許は、標準化機関の一つである欧州電気通信規格協会(ETSI)において、標準必須である旨の宣言がされています。

特許第5733187号(特許権者:株式会社デンソー)

この特許は「人」「道路」「車両」を情報通信技術を用いて繋ぐことで、交通事故や渋滞などの問題を解決し、安全で効率的な人・物の移動を実現化させる高度道路交通システム(ITS)に関する特許です。この特許技術は、日本とドイツで出願されています。

そしてこの特許も欧州電気通信標準化機構(ETSI)によって標準必須宣言されています。

標準化機関

通信分野では、使用者が好きな機器・通信会社のサービスを利用しても同じサービスを受けられるようにするために、スマートフォンと基地局に接続する技術や、複数の電話会社を介してデータを伝送するための技術など、複数の標準技術が使用されています。そのため、この標準技術を取りまとめる機関として、標準化機関が設けられています。

標準化機関には、公的な標準化機関と複数の企業によって構成される標準化機関があります。主な公的な標準化機関はこちらの通り。

機関名適用地域標準の対象
ITU(International Telecommunication Union)国際標準情報通信技術
IEC(International Electrotechnical Commission)国際標準国際標準
ETSI(European Telecommunications Standards Institute)欧州情報通信技術
TTC(Telecommunication Technology Committee)日本情報通信技術
ARIB(Association of Radio Industries and Businesses)  日本 電波利用システム
ATIS(Alliance for Telecommunications Industry Solutions)米国 情報通信技術

また複数の企業によって構成される主な標準化機関としては、以下のものがあります。

機関名標準の対象
IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)米国電気電子技術者学会
IETF(Internet Engineering Task Force)インターネット技術

標準化機関のポリシー

標準化機関では、標準規格に関わる知的財産権(IPR)に関するルールが定められています。

このルールは、標準規格に関わる特許権によって標準規格に準規した製品が実施できなくなることを避け、特許権者の利益と標準技術の普及とのバランスを取ることを目的としています。

ルール内容はいずれの標準化機関でも概ね共通しており、標準必須特許の特許権者に対して、ライセンス許諾の条件などの方針を表明することをIPRポリシーにおいて義務づけています。またこの方針の表明では、次に述べるFRAND宣言を要求することが多いです。

FRAND宣言とは

FRANDは”Fair, Reasonable and Non-Discriminatory”を意味しています。そしてFRAND宣言とは、SEPの特許権者が標準化機関に対して、公平かつ非差別的にライセンスする意思があると表明することを意味しています。

標準化機関がFRAND宣言を要求する背景としては、次のような事情があります。

標準規格に関わる製品を実施する場合、SEPは標準規格に準拠した製品の製造・販売やサービス提供を行う際に必ず実施する特許であることから、SEPを回避することは困難となります。

そのため、このような製品を実施するにはSEPの特許権者からライセンスを受ける必要があります。しかしこのライセンスに関しては、以下の問題点があります。

  • 製品がSEPを回避することが困難であるため、SEPの特許権者から高額なライセンス料を要求されるおそれがある。
  • 製品が複数のSEPを実施するものである場合、ライセンス料が積み重なるため、負担が増大する。 

これらの問題点に対応するため、標準化機関はFRAND宣言を要求することで、製品実施者のライセンスに関する負担軽減と、SEPに関わる技術の普及を図っています。

日本における標準必須特許の取り扱い

日本では、標準規格に準規した製品がSEPを回避することが困難であること、複数の部品がSEPの対象となっていること、などの事情からガイドラインを複数設けています。

  • SEPにおけるライセンス交渉
  • 標準必須性に関する判定制度
  • SEPにおける権利行使
  • 複数の部品を含むマルチコンポーネント製品に関するライセンス

ライセンス交渉  

ガイドラインでは、SEPにおけるライセンス交渉で「誠実性」と「効率性」を考慮して交渉すべきであることが述べられています。

誠実性では、当事者であるSEPの特許権者と製品の実施者との間で誠実な交渉をすることが示されています。

また、効率性では、当事者間におけるライセンス交渉で予想される交渉期間の通知や、SEPが部品に関する特許である場合においてライセンス交渉の相手方が部品メーカー・完成品メーカーのいずれであるか、ライセンスを締結する際の地域などを考慮すべきであると示されています。

判定の利用

判定は特許法第71条に規定されている制度です。

特許庁が中立・公平の立場から特許発明の技術的範囲について公式な見解を示すことで、紛争の防止や早期解決に資することを目的としています。ただし裁判と異なり、法的拘束力はありません。

その一方で、この判定を利用して、クロスライセンスによる解決が困難である場合や、必須性やライセンス料の相場観の見解が乖離している場合に、標準必須性に係る判定をすることで、ライセンス交渉等の円滑化や紛争解決の迅速化を図るということがガイドラインで示されています。

標準必須性に関する判定では、規格に関する文書を特定したうえで、この文書が特許発明の技術的範囲に属しているか否かについて判定されます。

SEPにおける権利行使

標準化機関は、SEPに関わる技術の普及を図るため、FRAND宣言をSEPの特許権者に要求しています。しかし、特許権者が必要以上に差止請求等の権利行使をした場合、SEPに関わる技術の普及が妨げられるおそれがあります。

そのため公正取引委員会では、知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針を示しています。指針では、FRAND条件でライセンスを受ける意思を有する者に対してライセンスを拒絶し、権利行使をする行為が、独占禁止法上の私的独占や不公正な取引方法に該当する可能性があると指摘しています。

マルチコンポーネント製品に関するライセンス

パソコンや自動車等、多数の部品を有するマルチコンポーネント製品では、様々な業種の企業の部品が用いられています。そのため、異業種間でのライセンス交渉を円滑にすることができるように、ガイドラインで次の事項が示されています。

  • SEPの特許権者は、ライセンスを希望する全ての者に対してライセンスをすべきである。
  • ライセンス料は、累積による金額の高騰を防ぐため、全てのSEPに対するライセンス料の上限額を定めたうえで、個々のSEPの規格への貢献度を考慮して、個々のライセンス料を決める。

外国における標準必須特許の取り扱い

外国においても、FRAND宣言によりSEPに関するライセンス契約が円滑化されている点は概ね共通しています。しかしライセンス交渉に関する条件の乖離への対応や、SEPに基づく権利行使については、日本と異なる点もあります。

したがいまして、外国において標準必須特許に関する問題に携わる場合には、当該国の弁理士や弁護士に相談することも必要になります。

パテントプールとは

パテントプールとは、ある技術について特許権を有する複数の者が、それぞれ所有する特許権やライセンスの権限を一定の組織に集中し、この組織を通じてパテントプールの構成員が必要なライセンスを受ける仕組みです。

このような組織を設けることで、ライセンス交渉の円滑化と、特許権に関する係争の回避を可能にしています。

パテントプールの結成の理由

PCをはじめとするデジタル製品等の製造・販売等をするためには、通信技術のみならず、他の標準規格にも準拠する必要があります。そのため製品を製造・販売するには多数のSEPを実施する必要があり、複数の特許権者とライセンス交渉をする必要が生じます。

しかし複数の特許権者とライセンス交渉をする場合には、交渉が不調に終わるリスクがより高くなります。

このような事態を回避すべく、それぞれのSEPを集約し、ライセンス交渉の窓口を一本化するために、パテントプールが結成されています。

実施料について

パテントプールでは、各特許権者との協議により、累積的なライセンス料の上限が定められています。このようにすることで、高額なライセンス料に伴う製品の製造・販売の阻害を防止しています。

実施料の算定方法

ライセンス料を算定する際には、特許の技術的価値に着目して、その価値を定量的に評価する方法がとられています。この価値の評価方法としては

  • 原価に着目した方法(コスト・アプローチ)
  • 市場取引の観点から企業価値を評価する方法(マーケット・アプローチ)
  • 企業の将来の利益予想やキャッシュ・フロー予想に基づく評価方法(インカム・アプローチ)

がありますが、現在では、インカム・アプローチによる算定が主に行われています。

標準必須特許に関わる訴訟例

標準必須特許に関わる訴訟の例として、アップル対サムスンの訴訟(平成25(ネ)第10043号平成25(ラ)第10007号10008号)があります。

事案の概要

本訴訟は、SEPの特許権者であるサムスンが、アップルの「iPhone3G」、「iPhone4」、「iPad Wi-Fi+3Gモデル」、「iPad2 Wi-Fi+3Gモデル」に対して、差止請求と損害賠償請求をしました。

この差止請求に対して、第1審(東京地裁)では、特許権の侵害を認めたものの、差止請求・損害賠償請求はいずれも権利の濫用として認めませんでした。そして、この地裁の判決に対して、サムスンは控訴したものの、知財高裁も同様の判決をしました。

争点

本件の争点としては、特許権の直接侵害・間接侵害、無効理由の有無等の他、SEP特有の争点があります。今回はSEP特有の争点として、これらの点に焦点が当たりました。

  • FRAND宣言に基づくライセンス契約の成否
  • 差止請求権の行使が権利の濫用に該当するか
  • 損害賠償権の行使が権利の濫用に該当するか
  • 損害額の認定

結論

上記の4つの争点について、知財高裁は、以下のように判示しました。

FRAND宣言に基づくライセンス契約の成否

ライセンス契約の成否については、準拠法を、標準化機関であるETSIの母国語であるフランスの法律としました。そして、この準拠法に基づいて、以下の観点からライセンス契約の成立を否定しました。

  • ライセンス契約が成立するためには、少なくともライセンス契約の申し込みと承諾が必要であるところ、本件のFRAND宣言では、「取り消し不能なライセンス契約を許諾する用意がある」とするのみである。したがって、文言上確定的なライセンスの許諾はされていない。
  • 本件FRAND宣言は、ライセンスにおけるロイヤルティー率、地理的範囲、契約期間等、本来ライセンス契約で定まっているはずの事項を欠いている。
  • ETSIのIPRポリシーは、制定された経緯に鑑みれば、FRAND宣言によって直ちにライセンス契約の成立を導くものでないことを前提としている。

差止請求権の行使

SEPに基づく差止請求・損害賠償権については、準拠法を、特許の設定登録をした日本の法律としました。 

そして知財高裁は、SEPに基づく権利行使を無制限に許すことは、特許法の目的である産業の発達を阻害するおそれがあり合理性を欠くとして、権利行使が制限されるとしました。

この判決において裁判所は

  • SEPの特許権者は標準規格の利用者に当該特許が利用されることを前提として、自らの意思でFRAND宣言をしていること
  • SEPの特許権者は標準規格の一部となることで幅広い潜在的なライセンシーを獲得できること

から、SEPの特許権者がFRAND条件で対価を得ることができる限り、差止請求権を通じた独占状態の維持を保護する必要性は高くないと判示しています。

損害賠償権の行使、損害額

損害賠償請求については、「FRANDライセンス料の範囲内の請求」と、「それを超える請求」について、別々に判示しました。

「FRANDライセンス料を超える請求」については、このような請求を認めることは、潜在的ライセンシーからの信頼を損ねると共に、SEPの特許権者が自らの意思でFRAND宣言していることからすると過度の保護を与えることとなり、特許法の目的である産業の発達を阻害するおそれがあるから合理性を欠くと判示しました。

一方で、「FRANDライセンス料の範囲内の請求」について、特許権者の権利行使を制限することは、技術の促進化を阻害し、産業の発達を阻害するおそれがあるため合理性を欠き、さらに、SEP利用者はFRANDライセンス料相当額の支払いは当然に予定していたと考えられるため、この損害賠償の支払いは予想に反しない、と判示しました。

また、この例外として、以下の2つを判示しています。

  • SEP利用者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しない等、著しく不公正といえる事情がある場合には、ライセンス料相当額を超える請求が認められ得る
  • SEPの特許権者の交渉過程で、誠実交渉義務違反や適時開示義務違反などの特段の事情があった場合には、FRANDライセンス料相当額の範囲内でも、権利濫用として権利行使が制限され得る

本件では、このような例外に該当する事情は認められないとして、FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内で、損害賠償請求が認められました。

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