教えて柴田先生!これって変なの?日本の知財・法律英語
法律分野の中でも、特に知的財産は、ビジネスとともに国境を越えることが容易で、特許や商標の分野では国際出願だとか外国出願だとかを耳にすることも多いのではなかろうかと思います。
国境を越える場合、日本国外の弁護士や弁理士、特許庁とやり取りをするにあたって、英語でコミュニケーションをしなければならない機会も必然的に多くなります。
今回は、日本発信の法律に関する英語コミュニケーションにおいて、「こう表現した方がよりよいのでは?」と思う点を、知財の分野にフォーカスして紹介したいと思います。
法律表現全般
「法」の表現
知的財産の仕事も法律に基づく仕事となるので、例えば「特許法」だとか「商標法」だとかを英語で伝えることも必要な場合があるところ、この「法」という部分を「law」と訳出している例をよく見かけます(例:Patent Law、Trademark Law)。
Lawと訳出することも間違いではないですし、他の外国でもそのような例はあるのですが、「law」というとイメージとして、議会で制定されるいわゆる「法律」や政府の発布する「政令」のみならず、裁判所の判例による「判例法」や慣習に基づく「慣習法」なども含めた、ルールの総体のような印象を受けます。
この意味でいうと、「Patent Law」とは、特許法のみならず、それに基づく政令・規則、裁判判例なども含めた「特許に関する規範全般」という印象を持たれがちかと思います。
よって、個別具体的な「〇〇法」という場合、特に議会を通じて制定されたものであれば、「law」ではなく、「act」とか「code」という語を使う方が、英語的なニュアンスとしては自然な印象を持っています。
ちなみに、契約では「準拠法」といって、その契約の成立・解釈の基礎となる法律を定めることがありますが、その際には「the law of Japan」(=日本法)などと「law」という語を使います。これは、日本で採用されているルール規範全般を基礎にしますという意味であって、個別具体的な〇〇法と言っているわけではないこととなります。
「法令」の表現
こちらも「法」と似たような話ではありますが、ありがちな訳例として「laws and regulations」というものがあります(法=laws、令=regulations)。
「laws and regulations」ももちろん間違いではないのですが、lawというのは、上述のとおりルールの総体のイメージであるところ、これを複数形でlawsにすると、個別のルールが複数あるというイメージになりやすいです。
ここで問題となるのが、では個別のルールとしてのlawsとregulationsは何が違うのか?というところです。複数形lawsは「ルール」と同義で、この中には議会が定めたのか政府が定めたのか裁判所が定めたのかなどの色は、それ自体ではありません。よって、regulationsもlawsの一種といえるように思います。
とすると、lawsとは別に切り出されているregulationsとは何か?ordersやordinancesはlawsとregulationsのどちらに属するのか?などという無用な解釈争いを生むことになりがちなのです。
よって、日本的感覚でいう「法令」を訳す場合には、単に「laws」と訳出することがイメージに合っているのでは?と思います。
ちなみに、「laws」と言ったところで、何をどこまで含むのか、明確になるわけではありません。もしより厳密に「laws」とは何を意味するのかが重要になりえるのであれば、「laws」をきちんと定義しておく必要があるといえるでしょう。
「条・項」の表現
「特許法第29条1項」だとか法律の条項に対して言及する場合、訳例として“Article 29, Paragraph 1 of the Patent Act”と訳出されるのをよく見かけます。
もちろんArticle, Paragraphというのも間違いではないのですが、特にアメリカ法的な感覚でいうと、Articleとは、条よりももっと大きい単位をいうイメージがあります。
日本の法令では、章→節→款→目→条→項→号の順序で小さくなりますが、Articleとは、目や款、場合によっては節を意味するようなイメージを持ちます。
アメリカ法的な感覚で、条相当の単位をイメージを持ちやすいのはSectionなので、アメリカとのコミュニケーションではSectionとしてみるのもよいかもしれません。
ちなみに、漢字で29条1項と書くとすっきり明快に記述することができますが、英語でいちいちSection 29, Paragraph 1とすると書くのも読むのも正直煩わしいです。
アメリカ法的な感覚では、Section 29.1として、条の部分を整数に、項の部分を小数点第1位に、号があれば号の部分を括弧付けで記載するという略記も使えます(例:特許法29条1項1号→Section 29.1(1) of the Patent Act)。
知的財産で多用される表現
「本発明」の表現
特許明細書や特許の中間処理に関する書類で、「本発明」というのを「present invention」と訳している例をよく見かけます。この表現自体も間違いではないのですが、果たして「present」と言う必要があるのか?といつも疑問に思っています。
「本発明」の「本」とは、単に「この書類で論じている発明」程度の意味であり、それ以上の意味はないように思います。
一方英語の「present」には、「現在の」というニュアンスがあり、下手をすると「現在の発明」と読まれてしまって、では過去の発明や未来の発明があるのか?という余計な議論にもなりかねません。
よって、特許明細書で「本発明」という場合には、単に「the invention」でよいのではないでしょうか?「the」という定冠詞から、書類で論じている発明であることは明らかだろうと思います。
一方、中間処理で「本発明」という場合には、より注意が必要です。というのも、中間処理で主に問題になるのは「クレームに記載された事項」であり、「明細書に記載された事項」であることは多くありません。
「クレームに記載された事項」が問題になっている文脈で、「本発明の特徴は・・・」(=A feature of the invention is …)と言ってしまうと、「クレームに書かれている内容が発明なのだ」(=明細書にクレームと異なることが書いてあっても、それは発明ではない)というニュアンスにも取られかねません。
特許明細書にいう「本発明」とは、特許が欲しいか否かに関わらず、自身の行った発明活動全体を意味する広い意味での「発明」で、クレームに関連していう「本発明」とは、特許明細書に記載された一部であって、特許がほしいものという狭い意味での「発明」です。
よって、中間処理の文脈においては、日本語の「本発明」とは、「クレームに記載された事項」(=the subject matter as claimed)という具合に読み替えた方が無難でしょう。
「審査請求」の表現
審査請求制度を採用している国に出願している場合、審査請求の期限までに審査請求を現地代理人に対して指示する必要があります。
この現地代理人への指示に際して、「審査請求を行ってください」という意味で、「Please file a request for examinarion」と伝えている例を目にします。
これも間違いではないのですが、この指示を日本語に逆翻訳するとその違和感の正体がお分かりいただけるかと思います。
すなわち、「Please file a request for examinarion」とは、「request for examination」(=審査請求書)を(特許庁に)「file」(=差し出す、提出する)してください、と言っているわけです。
このように考えると、わざわざ「審査請求書を差し出してください」という必要はなく、シンプルに「Pleaase request examination」(審査を請求してください)でよいのではないでしょうか?
「実施」の表現
特に特許の文脈において「特許発明の実施」という具合に、要は、特許発明を利活用することを意味して「実施」という語が日本語では使われます。
この「実施」の英語表現として、「implement the patented invention」とか「practice the patented invention」という例を目にします。
これらももちろん間違いではないのだろうと思いますが、implementというと目的語として相性がよいのは「計画」や「作戦」かなというイメージがある一方、practiceというとルーチンとして行うようなイメージがあり、発明の利活用であることが英語的にピンと来るのか?疑問があります。
知的財産の利活用(特許でいえば実施)という意味では、exploitという語がよく用いられます。
特許も同じ知的財産の一員ですので、exploitといえば日本語でいう「実施」の概念をよりピンポイントに伝えられるのでは?と思います。
「専用実施権」・「専用使用権」の表現
日本の特許法でいう「専用実施権」や商標法でいう「専用使用権」を、「exclusive license」と訳出している例を見ますが、こちらは厳密には不正確です。
日本でいう「専用実施(使用)権」とは、特許(商標)権者が第三者に対して特許発明の実施や商標の使用を許諾する一態様ではありますが、これを設定しまうと、特許(商標)権者自身も、その特許発明(商標)の実施(使用)ができなくなってしまう、よって設定を受けた第三者のみが実施(使用)することができることを意味します。
一方、英語の「license」は、単に「許可する」ことを意味するまでで、これにexclusiveがついたところで、「他の第三者には許可しない」ことを意味するまでで、必ずしも権利者自身も実施(使用)を差し控えるべきこととなるとは限りません。
よって、専用実施(使用)権を「exclusive license」と訳してしまっては、権利者自身による実施(使用)が禁じられるのか否かが定かでない点で不正確といえます。
実は、専用実施(使用)権というシステムは、世界でもあまり採用されておらず、非常に英訳しにくいというのが実際のところです。
よって、これを日本国外に伝える必要がある場合には、一旦「exclusive license」と訳しておき、「日本法上は、設定者本人も実施(使用)が禁じられる」ことを注釈で説明するのがよいといえるでしょう。
「審判」の表現
日本の特許法や商標法では、拒絶査定不服審判や無効審判、訂正審判など各種「審判」が定められていますが、この審判を「trial」と訳出している例を見かけます。
この審判が一方当事者と特許庁とで進行されるものなのか、一方当事者・他方当事者・特許庁の三者で進行されるものなのかによりますが、前者の文脈ではtrialはやや違和感あり、後者の文脈では違和感はないが裁判手続と紛らわしいという点があります。
「trial」とは、ある事実の存否について、判断をする人の面前で、当事者同士が相互に議論を交わし、判断する側の判定を受ける、というプロセスを意味しています。判断をする人は、必ずしも裁判所である必要はなく、行政官庁が判断主体である場合も含まれます。
拒絶査定不服審判や訂正審判は、出願人又は特許権者が一方的に特許庁に対して申し立てをするもので、審判の過程では、判断をする審判官と出願人・特許権者とが1対1で議論する構造になっています。このような審判は、事実の存否の認定というよりは、不服申立の1種と捉えた方がしっくりきます。
不服申立とすると、「appeal」や「review」の方がよりよい英語であり、拒絶査定不服審判や訂正審判は、これらの語で表現した方がしっくりくるように思います(拒絶査定不服審判=appeal for review of examiner’s rejection、訂正審判=appeal for review of correctionなど)。
一方、無効審判などは、無効を主張する側と権利者とが審判官の面前で議論して、審判官が無効の事実があるのか否かを判定するわけなので、trialに当たるといえます。ただし、trialというと、一般的なイメージとしてはどうしても裁判所で行う第1審の印象が強いので、「invalidation trial」というと、訴訟なのか?!と誤解させてしまうことも懸念されます。
このような紛らわしさを解消する一案として、無効審判も特許庁による「有効」判断に対する不服申立と捉えると、上記同様、「appeal」や「review」と言ってしまえるようにも思います(無効審判=appeal for review of invalidityなど)。
その他
知的財産、特に特許では、一言一句が権利の範囲に影響を与えるので、日本語であっても英語であっても用語の選択には慎重にならざるを得ないように思います。
しかしながら、特に特許翻訳の分野においては、米国の裁判例を意識して、「この単語を使うと狭く解釈される」だとか「この句を使うと限定的に解釈される」だとか、言葉狩りとも思えるほど過剰な反応をしている例が見られます。
もちろん特許法に「このように解釈します」と規定されている語法(例:Means plus Function)や米国審査基準のMPEPに「このように解釈します」と書いてある用語については一定の留意は必要ですが、過去の裁判例というのはあくまで特定の事実を背景としたその事件限りの判断です。
裁判所としても、ある用語を使った=権利が狭い、という一義的な判断をしているというより、明細書や図面の記載から総合的に見て判断をしているわけなので、その中で判定された特定の用語の意味に拘泥して一喜一憂するのは、逆に本来の発明の特徴を上手く表現することの支障になることもあるように懸念します。
英語の特許明細書では、用語の意味を明細書中で定義して、後から想定外の解釈がなされることを阻止しようと試みているものをよく見かけますが、日本語の特許明細書では、明細書で使用されている用語の自然な定義にまかせようという風潮が顕著なように思います。
日本語の技術用語として、その定義が確定しているものであったとしても、英語の技術用語として同じ定義に帰着しているとは限りませんし、日本語で漢字を組み合わせて新たに作った造語(例:嵌合や摺動などのいわゆる特許語)では、日本語では意味がクリアであるが・・・という問題に陥りかねないように思います。
そもそも日本語と英語とでは発想が違うわけなので、個々の単語の選択がどうこう過敏になる前に、英語の明細書の流儀に合わせて、定義を置いてみることを検討してもよいのでは?と思います。
定義を置くと権利の範囲が・・・と懸念されるのも理解しますが、そもそも自身が考えた範囲を超えて特許で何でもかんでも捕捉しようという期待が行き過ぎとなっている場合もあり、逆に広く捕捉しようと試みた結果、弱い特許になってしまうこともあります。
定義を置かずに、どのような権利範囲になるのか成り行きに任せるよりも、定義を置いて、権利範囲を予測出来ることの方が安定化に資するのでは?と個人的に思います。
おわりに
繰り返しになりますが、日本語と英語では発想が異なりますので、日本語のある語が1対1に英語に置換できるとは限りません。
日英辞書に記載されている例であったとしても、英英辞書を調べたり、ネイティブ(ただしその分野に明るい方)に聞いてみたりしてみて、日本語の語と同じ感覚なのかを検証することが肝要なように思います。
特許明細書の英文表現については、外国案件を多く扱っている弁理士や英語圏の特許弁護士・代理人に相談してみてはいかがかと思います。
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弁護士(米国カリフォルニア州)及び弁理士(日本)。国内事務所において約4年間外国特許、意匠、商標の実務に従事した後、米ハリウッド系企業における社内弁護士・弁理士として10年強エンターテインメント法務に従事。外国特許・商標の他、著作権などエンタメ法が専門。
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