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知財ニュース 2025.11

世界の特許・意匠出願が過去最多に

― WIPO統計が示す、技術とデザインの国際競争の本格化

特許出願増加の背景

世界知的所有権機関(WIPO)が2025年11月に公表した最新の「World Intellectual Property Indicators(WIPI)」によると、2024年の世界の特許出願数は約370万件に達し、前年から4.9%増となった[1]。この増加率は2018年以降で最も高く[2]、ここ数年続いた比較的緩やかな伸びから一転し、世界的に特許出願が再び強い勢いを取り戻したことを意味する。

件数ベースでも、2023年の約360万件[3]から2024年の約370万件1へと増加しており、欧州特許庁(EPO)が1年間に受理する出願件数(約19.9万件)[4]に匹敵する規模の増加が世界全体で生じていることになる。技術開発への投資が回復し、とりわけAI・半導体・医療機器分野で特許の確保が事業戦略の前提条件となっていることが、数字として表れた形だと言える。

特許に加えて、意匠(デザイン)出願も過去最多クラスの水準に達した。2024年の意匠出願(applications)は約120万件、その中に含まれるデザイン数(design count)は約160万件に達し、前年から2.2%の増加となった[5]。デザイン数に着目すると、2013年の約124万件[6]から2024年には160万件へと増加しており、この10年前後で約3割増という長期的な成長が確認できる。

意匠出願増加と中国の台頭

こうした意匠出願の世界的な増加を牽引しているのが中国である。2023年の中国国家知識産権局(CNIPA)における意匠出願件数は822,849件[7]と世界最多規模となった。中国がここまで大量の意匠出願を生み出している理由は、単なる市場規模の大きさにとどまらず、製造業構造と企業戦略の変化に起因している。

第一に、中国は世界最大の製造業国家であり、膨大な種類の最終製品が日々設計・量産されている。製品点数が多ければ外観デザインの保護需要が増えることは自然であり、この産業構造そのものが意匠出願数の大きさに反映されている。

第二に、中国企業自体の競争軸が変わりつつある点が大きい。かつては模倣品のイメージも強かったが、現在の主要企業(Huawei、Xiaomi、DJI、BYD など)は、国際市場を視野に入れた本格的なブランド競争へ移行している。彼らは製品デザインやUI/UXを主要な差別化要素として位置づけており、意匠権の積極的な取得と行使が戦略上ますます重要な意味を持つようになっている。

第三に、中国の意匠制度が「使いやすい」ことも要因である。審査が比較的速く、コストも低いため、製品サイクルが短い産業にとって実効性の高い防御手段になっている。権利化のスピードと費用対効果の観点から、意匠制度は企業活動に合致しやすく、大量出願を後押ししている。

第四に、中国国内での模倣競争が一段と激化している現実がある。模倣の相手は必ずしも外国企業とは限らず、中国企業同士が外観デザインをめぐって争うケースも増加している。その結果、意匠権をあらかじめ押さえておくことが、国内市場における競争上の安全装置として機能するようになった。知識産権法院などIP専門裁判所の整備や損害賠償額の増加により、意匠権はかつてよりもはるかに「使える権利」へと進化している。

この点は、「パクリが多い国で意匠権は意味を持つのか」という素朴な疑問に対する一つの答えにもなる。むしろ模倣リスクが高い市場だからこそ、意匠権を取得していなければ、現地企業に先に権利を押さえられ、自社製品が差し止められるリスクすらある。中国市場の規模とスピード、そして模倣の現実を踏まえれば、意匠権を取らないことの方がビジネス上のリスクは大きいと言わざるを得ない。

意匠出願の増加は、中国に限られた現象ではない。多くの産業分野において技術性能の差分が縮小し、消費者が製品を選ぶ決め手は、デザイン、使いやすさ、ブランド体験といった要素に移行している。特にオンライン市場では、画像だけを見て購入判断が行われるケースが多く、模倣品も瞬時に世界へ拡散する。こうした環境において、外観デザインを権利として押さえる意匠権は、差し止めやプラットフォームからの削除要請などで極めて有効なツールとなる。

特許と意匠の双方が史上最高水準に達している現状は、世界が「技術 × デザイン」を中核とする知財競争の新段階に入ったことを象徴している。企業は特許によって技術優位を確保し、意匠によってユーザー体験やブランド価値を守るという二層構造の戦略を採らざるを得なくなっている。出願件数の記録的な増加は、単なる数字の話ではなく、産業構造と企業行動の変化を映し出す指標であり、知財が企業競争力の根幹として機能する時代が一層深まっていることを示している。


【脚注】

  1. WIPO IP Facts and Figures 2025, Patents: “Patent applications climbed 4.9% to 3.7 million in 2024.”
  2. WIPO World Intellectual Property Indicators 2025: 特許に関するトレンド分析(2018年以降で最も高い伸びである旨の記載)。
  3. WIPO Patent Statistics 2023: 世界全体の特許出願は約3.6 million。
  4. European Patent Office (EPO), Patent Index 2024: 出願数 199,264 件。
  5. WIPO IP Facts and Figures 2025, Industrial Designs: “Design count increased 2.2% to 1.6 million (applications: 1.2 million).”
  6. WIPO Industrial Design Statistics 2013: 世界のデザイン数(design count)は約1.24 million。
  7. WIPO statistics: China – Industrial design applications 2023, CNIPA における意匠出願 822,849 件。
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