出願前に知りたい「知財業界のあるある」
今回は、外からはなかなか見えないような踏み込んだ話も交えつつ、知財業界について話をしていきたいと思います。
知財の専門家である弁理士にとって多少都合の悪い(?)話も臆さずしていこうかな、と思います。お金に絡む話もいろいろ正直に話していきます!
あるある1.権利化はギャンブル!?
弁理士の中には、権利化はギャンブルだ、と言う人もいます。「ギャンブル」というと、どんな印象を持つでしょう。
必ず権利化されるとは限らない
まず特許・実用新案・意匠・商標などの知的財産権ですが、時々誤解をされている方がおられます。「出願したのに権利化できないじゃないか!?」ということをおっしゃるのです。そうです。出願さえすれば必ず権利化される、と誤解されているのです。
しかし知的財産権というのは、早いモノ勝ちで、先に同一のものが出願されていたり公知になっていたりした場合、後から出願しても権利は取得できません。
また、全く同一で無くても、類似のものが出願されていたり公知になっていたりすれば、特許で言う「進歩性」がないとして、権利を取得することはできません。
出願する・したい人からすると怒りたくなりますが、よくよく考えれば妥当なことです。
出願さえすれば権利を取得できるということになると、権利が乱立し、権利者皆が権利を主張して経済活動が阻害されるからです。
なお、特許の場合、全出願のうち権利成立に至っているものは約60%弱です(特許庁行政年次報告書2021年版より)。
コストはかかる
権利化には当然コストがかかります。特許庁に支払う印紙代はもちろん、弁理士に依頼する場合には弁理士費用が発生します。
自身で出願書類を作成して出願する選択肢もありますが、実効性のある良い権利を取得するためには、やはり弁理士に依頼するほうが間違いがありません。
いずれにせよ、費用や時間をかけて出願しても必ず権利化されるとは限らない、ということで、ギャンブル的な要素もある、ということなのですね。
ただし出願前にしっかりと調査(先行文献の調査)を行うことで、ギャンブル的な要素を排除できます。事前に弁理士としっかり相談・打ち合わせしましょう。
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権利が無効にされる可能性も
無事権利が成立したとしても、第三者が、「権利は無効だ」といって訴えてくる(無効審判を請求してくる)ケースがあります。
この場合、特許庁や裁判所を挟んで、権利者と第三者との間で権利の有効性について主張立証を尽くすのですが、仮に第三者の言い分が認められれば、せっかく成立した権利が無効にされることもあります。
権利化を考える際には、このようなリスクも加味しておく必要があります。
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あるある2.最悪事業がつぶれる?権利=事業の生命線
「権利化はギャンブル要素も強い」といっても、現在、知的財産権はもはや事業の生命線になっていますから、やはりしっかりと権利を押さえていく必要があります。
権利がないと模倣品に浸食される
多くの方が実感していると思いますが、売れ行きが良い商品やサービスについては、すぐに類似の商品やサービスが後からどんどん出てきますね。
悪質なケースでは、ほぼほぼデッドコピーのような模倣品が出回ることも少なくありません。そして、そのようなコピー製品は大抵、真正品(純正品)と比較して品質が低いのですが、その分安価に流通したりします。
消費者はやはり安い商品を求める傾向にありますので、安価な模倣品が流通すると、真正品の売れ行きに大きく影響します。さらに、模倣品の品質の低さが、真正品にも風評被害を及ぼします。
ブランド、信用を守れない
品質の低い偽ブランド品のせいで、良質な真正品(純正品)についてまで「品質が良くない」というイメージが及んでしまうと、ブランドイメージが下がり、信用を失います。
ブランドイメージの低下は、その商品・サービス、そしてその商品・サービスを展開する事業者にとって、本当に大きな痛手です。
信用を取り戻すためには、模倣品の流通を止めなければ何ともしようがありません。一度失った信用を回復することは容易ではありませんね。
泣き寝入りするしかなくなる
何らの権利も取得していなければ、模倣品の流通を止めることは難しいです。ケースによっては、不正競争防止法によって止められますが、実際には要件が厳しく、多くの場合は難しいでしょう。
知的財産権以外の、不正競争防止法などの他の規定に期待することは現実的ではありません。
このような悔しい思いをしないためにも、特許、実用新案、意匠、商標といった知的財産権をしっかりと、かつ適切に取得しておくことが大事です。
製造販売などの事業継続自体が難しくなることも
知的財産権を取得しておかないと、コピー品以外の大問題が発生するリスクが高まります。
例えば自社で権利を取得しておらず、かつ第三者によって権利を取得されてしまった場合などは、製造販売などの事業継続自体ができなくなることも考えられるのです。
知的財産権は独占排他的な権利ですので、第三者に権利を取得されてしまったら「権利侵害だ、ただちに製造販売を停止せよ」と訴えられる危険があります。
ですので、第三者による権利取得を阻止する意味でも、自社で先に権利を取っておく必要があります。
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会社にとっての生命保険(事業保険)になる!
ここまで紹介しましたが、知的財産権というのは、実は保険的な要素が非常に大きいと言えます。
例えば「特許」と聞くと、「特許で一攫千金」みたいなイメージを持つ方もいるかもしれません。しかし、特許で大儲けできるのはレアケースです。
夢物語を壊すようですが、知的財産権というのは、お金稼ぎの手段というよりも、自社での実施権を確保する、第三者の権利取得を阻止する、といった保険的な要素が強い権利なのです。事業を展開・継続するための保険ですね。
第三者の模倣を防ぎ、万が一コピーされたときの武器にもなります。
あるある3.知的財産権はお金を生む?
知的財産権というのは保険です、という話をしました。
そうはいっても権利でお金儲けできるんじゃない?実際どうなの?という点について、著者の経験をもとに触れてみたいと思います。
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特許のライセンス料はいくらなの?特許使用料の相場を解説!
ライセンス料を生む権利とは
ライセンス料などの収益を発生させている権利も皆無ではありません。
特許に関しての話になりますが、全権利のうち、ライセンス料などの収益を発生させている権利は5〜6%程度と言われています。
この数値をどう見るかですね。多いと見るか少ないと見るか。
個人的には、やはり少ないのかな、と思います。先に述べたように、権利化にはコストがかかり、さらに、出願しても最終的に権利化できるとはかぎりません。
資本のある大企業ならまだしも、中小企業や個人において、ライセンス料で儲けるぞ!というのは残念ながら厳しいかもしれませんね。
【成功事例】ライセンス料だけで数十億!
もちろん、多額のライセンス料を得たクライアントもいます。
このクライアントは、今の世の中ではもう当たり前になっている某技術について、早々に目を付け、特許出願を行っていました。
一部については権利が成立し、さらに、原出願から複数の出願を行い(特許では「分割出願」といって、1個の出願から複数の出願を派生させることができます)、次々に権利を成立させました。そうして、一群の権利、特許ポートフォリオを構築したのです。
このクライアントは特許ポートフォリオの構築に膨大なコストを割いていますが、権利は日本国内にとどまらず、主要諸外国においても成立しました。
そしてその権利を適切に主張し、大企業相手にも臆さず権利行使を行いました。ちなみにここでも膨大なコストを割いています。
訴えられた相手は構築された特許ポートフォリオの網から逃れられず、ライセンス料を支払うことに次々に同意していきました。
最終的にこのクライアントは、ライセンス料として数十億を稼いでいます。
【失敗事例】収益化できず、費用や時間を損…
こちらのクライアントは個人発明家でした。アイディアはユニークで素晴らしいもので、日本国内、および海外においても特許を取得できました。
しかし事業化して製品を製造販売するには、個人では到底お金が足りません。資本力のある大手企業に採用してもらうなどの対応が必須でした。ただし、特許は1つです。
また素晴らしいアイディアではあるものの、既存の商品・サービスとはかなり違う発明で、マーケットに受け入れられるかどうか、といった課題がありました。
粘り強く大手企業複数社にプレゼンしたものの、結局採用されるには至りませんでした。
収益を生むことを目指して特許を取得したものの、最終的に、収益を得るまでには至ることができなかった事例ですね。
出願から権利化までのコスト、大手企業へのプレゼンの労力などが多大にかかったものの報われなかった、と言えます。
当時マーケティングのプロが加わっているなどすればまた違ったかもしれませんが、いずれにしても、「知財の現場はこんな状況!」ということで、知財業界全体に興味を持って頂ければ幸いです。
まとめ
知的財産権の権利取得については、確実でない面も確かにある一方、法人・個人の事業継続において、無いと困る!取得しておかないと危ない!といった必要不可欠な要素もますます強くなっています。
その課題について精度の高い正解を導き出すのが弁理士という専門家です。心配事があればまずは弁理士にご相談ください。
エンジニア出身です。某一部上場企業にて半導体製造装置の設計開発業務に数年携わり、その後、特許業界に転職しました。
知財の実務経験は15年以上です。特許、実用新案、意匠、商標、に加えて、不正競争防止法、著作権法、など幅広く携わっています。
諸外国の実務、外国法にも長けています。
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