結局何が起きたの?ゆっくり茶番劇商標登録事件を分かりやすく解説
2022年5月15日、YouTuberの柚葉氏が「ゆっくり茶番劇」という言葉を商標登録し、今後この言葉を使いたい人は年間10万円のライセンス料が発生する旨を発表しました。
「ゆっくり茶番劇」は動画ジャンルを指す、いわばネットの共有財産的な言葉だったこともあり、発表直後からこの一件は炎上し、関係者だけでなくTVや特許庁も巻き込む、大騒動となりました。
今回はこのゆっくり茶番劇商標登録事件の一連を、分かりやすく解説します。
【はじめに】そもそも、「ゆっくり茶番劇」「商標」とはなにか
事件の詳しい説明をする前に、まずはこの一件の主役ともなる「ゆっくり茶番劇」と「商標」について、確認します。
ゆっくり茶番劇とは
ゆっくり茶番劇とは、同人ゲーム『東方Project』から発展した動画ジャンルのひとつです。
『東方Project』のキャラクター・博麗霊夢と霧雨魔理沙の頭部だけのイラスト(俗に饅頭と呼ばれる)が、独特の機械音声で話しながらストーリーを展開していきます。
『東方Project』から派生した二次創作動画はほかにも、「ゆっくり解説」や「ゆっくり実況」などがあります。当初はニコニコ動画を中心に投稿されていましたが、現在ではYouTubeやビリビリ動画などにも投稿されているジャンルとなっています。
ちなみにゆっくりを使った動画は、誕生経緯が複雑かつ二次創作ということで、権利関係はブラックボックス状態でした。そこでアンノウンX氏が関係者に確認を取ったところ、『東方project』2次創作物発表条件を満たせば誰でも利用可能と公式より公認されていたそうです。
商標とは
特許庁によると、商標とは「事業者が、自己(自社)の取り扱う商品・サービスを他人(他社)のものと区別するために使用するマーク(識別標識)」のこと。ブランド名やロゴマークも商標に当たります。
そして商標には信頼を積み重ねれば「このブランドの商品なら安心」といったような”ブランドイメージ”が伴います。こういった業務上の信頼を損なわないために、ネーミングやマークを守るのが商標権という知的財産です。
ちなみにネーミングやマークを商標権として守るなら、商品×商標の組み合わせを特許庁へ申請して審査に合格する必要があります。
商標権をゲットするメリット・効果は?
審査に合格して商標権と認定されると、そのネーミングやマークを独占使用できるようになります。
例えばまず、同一の商標・類似した商標の使用の排除ができます。パクリや海賊版の防止、万が一海賊版が現れたときの差止請求や損害賠償請求が可能になります。
ほかにも、商標の横取りが防止できるというメリットも挙げられるでしょう。
ネーミングやマークの使用を許可する代わりにライセンス料をもらったりする、といった使い方も可能です。
商標と特許は別物
今回の1件が話題になったとき、SNSなどでは「ゆっくり茶番劇の特許をなぜ登録したのか」といった感じで、「特許」と言及されることが少なくありませんでした。
しかし商標と特許は全くの別物です!
特許権は、発明を保護するための権利で、権利者は一定期間発明を独占使用できます。簡単に言えば、新しいアイデアを守るのが特許です。
- 商標権…ネーミングやマークを守る権利
- 特許権…発明(アイデア)を守る権利
分かりやすいのが、こすると文字が消えることでおなじみの、フリクションボールペン。こちらの商品は
- 「フリクションボール」の名前やロゴ→商標権で保護
- こすると文字が消える仕組み(温度変化で色が変わるインク)→特許権で保護
といった形で保護しており、商標と特許では守るポイントが全く違うことが分かります。
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ゆっくり茶番劇商標登録事件 一連の流れ
ここからは本題の、ゆっくり茶番劇商標登録事件について、解説します。
この事件は、『東方Project』と無関係のYouTuber・柚葉氏が「ゆっくり茶番劇」の言葉を商標登録し、なおかつ「ゆっくり茶番劇」という言葉の使用には年間10万円のライセンス料がかかると発表したことから起きました。
インターネットはもちろん、TVでも大きく取り上げられ、最終的には特許庁を巻き込んだり官房長官がコメントを出したりと非常に大きな問題となりました。
最終的には柚葉氏が「ゆっくり茶番劇」の商標権を抹消したことで一旦の区切りを迎え、また株式会社ドワンゴによる「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」「ゆっくり劇場」の商標出願に拒絶査定が出されたことで終結を迎えました。
柚葉氏による、商標登録の発表まで
【時系列まとめ】
2021年9月13日 「ゆっくり茶番劇」の語が商標出願(商標出願2021-114070)
2022年2月21日 登録査定・登録料納付
2月24日 商標登録
3月4日 公報の公開
5月4日 商標登録の異議申立て期間が経過
5月15日 柚葉氏がTwitterで「ゆっくり茶番劇」の商標権を取得した旨を発表
「ゆっくり茶番劇」の商標が出願されてから権利化され、その旨を発表するまでの一連の流れはごく一般的なものです。
ひとつ注意しておきたいのが、商標登録異議の申立て制度について。
これは商標登録されたあとの一定期間、当該商標の権利化に反対する第三者が特許庁の審査結果に異議を唱え、権利の取り消しを申し立てることができる、という制度です。簡単に言えば「特許庁的には権利化してOKだと思うけど、反対意見があれば教えてね」ということ。
審査時の見落とし等を是正し、商標登録に対する信頼を担保するための仕組みで、商標公報の発行日翌日から2ヶ月間、だれでも異議の申立て手続きが可能です。
この、異議の申立て期間を過ぎてから発表したという点が、悪印象を抱かせ炎上を加速させる一因にもなっています。
柚葉氏の発表の内容は?
柚葉氏は商標登録の発表と合わせて、ライセンスについても言及。商用利用をする際は許諾を得て、なおかつ年間10万円の使用料を支払わないといけない、としました。
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商標登録の発表直後の騒動
【時系列まとめ】
2022年5月15日 発表を受け、SNSをはじめ各所で反発が広がる
5月16日 柚葉氏が、ライセンス使用料を不要にすると発表
5月20日 柚葉氏が所属事務所・Coyu.Liveより無期限会員停止処分にされる
同日 株式会社ドワンゴが見解を発表
5月21日 Coyu.Liveから、柚葉氏が5月23日より商標放棄手続きを始める旨が発表
5月23日 株式会社ドワンゴが、今後のアクションについて発表
柚葉氏の発表直後から特にSNS上で大きな話題になり
- ゆっくり動画の製作者各位
- ゆっくり動画や東方作品のファン
- 弁理士や弁護士などの有識者
- ニコニコ代表・栗田氏や『東方Project』の原作者・ZUN氏といった関係者
などがぞくぞくと反応をしていきました。
その反応の大きさ故か、柚葉氏は発表翌日にはライセンス使用料を不要としつつ、商標権は保持し続ける旨を発表しました。
その後、柚葉氏サイドでは所属するライバーコミュニティ・Coyu.Liveの無期限会員停止処分や商標放棄手続きの開始を発表するなど、怒涛の変化が起こります。
ニコニコ動画を運営する、ドワンゴの対応は
株式会社ドワンゴはまず、5月20日に見解を発表。
こちらの見解は端的にまとめると「現時点でゆっくり茶番劇という言葉を使うことは、商標権侵害に当たらないと考えているが、結論を断定できない」という内容です。
なぜ結論を断定できないのかと言うと、これがあくまで”ドワンゴの判断”で、例えば訴訟になった際は最終的に”裁判所の判断”が適応されるから。
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そこで今後ドワンゴは本事件についてどう対応していくのか?の詳しい内容を、5月23日に発表しました。
ドワンゴが取るアクションとして挙げられたのは、以下の4つ。このうち法的問題が関係するのは1.2.4です。
- 「ゆっくり茶番劇」商標権の放棄交渉
- 「ゆっくり茶番劇」の商標登録に対する無効審判請求
- 使用料を請求された人への相談窓口の設置
- 商標登録による独占の防止を目的とした商標登録出願
1は柚葉氏に対して、商標権の放棄をお願いすること。もしそれが難しいようなら、無効審判という制度を利用して、「ゆっくり茶番劇」商標の権利をなくすために動くというのが2です。
詳しくはこちらの記事で解説していますが、無効審判はその仕組み上、「判決が出るまで時間とお金がかかる」「権利を無効化できない可能性も0ではない」というデメリットがあります。
そのため、より少ない労力で事態を沈静化させられる方法として、商標権の放棄交渉を1番に挙げているのです。
4は類似事件の予防策です。もし特許庁が「ゆっくり茶番劇」に類似した商標の登録を認めなかったら”登録できなかった”という前例が作れます。ちなみに、仮に出願したゆっくり関連商標が登録されたとしても権利行使はしないと約束もしています。
ドワンゴの記者会見から、その後はどうなった?
【時系列まとめ】
2022年5月24日 ドワンゴが「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」「ゆっくり劇場」の3つを商標出願
5月25日 「ゆっくり茶番劇」の商標権が抹消登録される
6月8日 「ゆっくり茶番劇」の商標権が消滅
8月8日 ドワンゴが「ゆっくり茶番劇」の商標登録無効審判を請求
2023年2月7日 特許庁が「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」「ゆっくり劇場」の3出願に対し、拒絶理由通知を出す
2月24日 ドワンゴが拒絶理由通知に対する反論をしないと発表
7月20日 「ゆっくり茶番劇」の商標を無効とする審決が出る
7月26日 特許庁が「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」「ゆっくり劇場」の3出願に対し、拒絶査定を出す
会見後、ドワンゴは2つの動きを始めます。
1.商標登録による独占の防止を目的とした商標登録出願
まずは4として挙げていた、ゆっくり関連商標の出願です。ゆっくりの中でも活動の盛んな、
- ゆっくり実況(商願第2022-58346号)
- ゆっくり解説(商願2022-58347号)
- ゆっくり劇場(商願2022-58348号)
の3つを商標出願しました。
この出願に対し、特許庁は拒絶理由を通知しました。拒絶理由通知とは、現状の出願だと権利登録できないことを知らせる通知で、登録できないワケを教えてくれます。
今回の通知書について、ニコニコ公式Twitterが重要部分をマーカーしてくれています。
もし商標登録したい場合はここで意見書や補正書を提出して反論するのですが、あくまでもドワンゴの目的はゆっくり関連商標の独占の防止なので、反論はなし。
そして2023年7月26日には「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」「ゆっくり劇場」の3出願に対し、拒絶査定(商標登録を認めないという決定)が出されました。
2.商標登録無効審判
ゆっくり関連商標を出願したあとに行ったのが、無効審判です。
6月8日に「ゆっくり茶番劇」の商標権が消滅しているのに、その後の8月8日に無効審判を請求しているのが不思議だと思うかもしれません。
ドワンゴ側の意図としては、「そもそも商標として登録されるべきではなかったことを明らかにするため」として請求をしたそう。
「ゆっくり茶番劇」商標は2022年6月8日に権利が消滅しましたが、それ以前の、登録査定から権利消滅までの期間(2月24日~6月8日)は権利が有効となっていました。この期間の商標権も無効にするためにアクションを起こしたのです。
こちらについても、「ゆっくり茶番劇」商標権を無効とする審決が出ており、ドワンゴの目的が達成されています。
まとめ
今回の一件は、正当な権利を持たない第三者による出願(いわゆる冒認出願)だったために起きた事件です。
現在の日本の商標制度は先願主義という、早い者勝ちのルールを採用しています。そのため本件のような、商標を横取りされるケースも0ではないのです!
ちなみに一番最初に商標を使い始めた人に権利が認められる”先使用主義”という考えもありますが、本当に最初に商標を使い始めたのは誰か?を調べるのは難しいことも多く、あまり現実的ではありません。
商標登録は、なにかしらの事業・サービスをやっている人に必ず関係する知的財産です。自分の考えた大切なネーミングやロゴを守るためにも、ぜひ商標出願について、正しい知識を身につけましょう!
もし「商標を取るべきか?」「商標出願ってどうやればいいか?」と悩んだら、知的財産の専門家である弁理士に相談をしましょう。
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