企業知財部からみたパテントトロールを解説します【弁理士解説・それってパクリじゃないですか?第7話】
※本記事にはドラマ「それってパクリじゃないですか?」第七話のネタバレ要素を含みます。未視聴の方はぜひ、本編視聴後にご覧ください。作品はTVer、Huluにて配信されています。
こんにちは弁理士フムフムです。5月24日に「それってパクリじゃないですか?」(通称、それパク)の第7話の放送がされました。
今回は又坂先生がフォーカスされました。現実にも又坂先生のように企業と顧問契約を結んでアドバイスをくれるような特許事務所の弁理士の先生はいらっしゃいます。
ただ、顧問弁理士といえどもさすがに毎日顔をだしてくれることはないですし、仮に外部の弁理士に常在してもらうとなれば企業にも相当の費用請求があるでしょうから現実的ではないでしょうね。
パテントトロールって悪の組織なの?
第7話で月夜野ドリンクは今宮食品というパテントトロールから特許を2千万円で買わないかとオファーを受けました。ドラマ公式twitterの説明を借りると、パテントトロールは特許を自らの事業活動に使わずに他の会社にライセンス料を求めたり訴訟を仕掛けて利益を得ようとする組織のことです。
━━━*\パテントトロール/* ━━━
— 【公式】『それってパクリじゃないですか?』日テレ水10ドラマ 第8話は5月31日 (@sorepaku_ntv) May 24, 2023
特許を自らの事業活動に使わず、
他の会社にライセンス料を求めたり、
訴訟を仕掛けて利益を得ようとする組織
━━━━━━━━━━━━━━━━━━#それパク
今宮食品は月夜野ドリンクの敵役として非常にあくどく描かれていましたが、月夜野ドリンクのぐるっとヨーグルが今宮ドリンクの特許権を侵害した商品なのであれば特許法上の非は月夜野ドリンクにあるといえます。
そもそも特許は財産権であって、これを活用して利益を得ようとすることは悪いことではありません。
ドラマの中で今宮食品は個人発明家から特許を安く買い叩いた設定でしたが、仮に正当な対価で個人発明家から特許の譲渡を受けているのであれば、資力やノウハウのない個人発明家に代わって特許を活用してくれる優れた組織ともいえます。
パテントトロールとは特許を利用した怪物という意味ですが、これは月夜野ドリンクの側から今宮食品を見た一面的な評価でしょうね。
特許の譲渡をうけてこれを活用する実際の組織として日本ではIP Bridgeが有名です。日本企業の特許を活用してアメリカや中国の裁判において中国企業を訴えていたことが話題になっていました。当然、このような企業はパテントトロールなどとは自身のことを呼びません。自身の活動を特許の有効な活用を図る正当な業務とみなしています。
参考:日本の特許管理会社IP Bridge、中国TCL集団を特許権侵害で提訴| ジェトロ
ドラマの描写は現実に起こりうる?
ドラマの中では月夜野ドリンクが特許を侵害していると中傷するビラが出回り大問題になりました。
第7話の終盤でこのビラは今宮食品がばら撒いたことが明らかになるわけですが、これは明らかに今宮食品の落ち度といえます。
特許の侵害に該当することは技術的、法律的な論争を経て裁判ではじめて明らかになるものです。月夜野ドリンクが特許を侵害していないと最終的に判断されれば、虚偽の事実を流布したことになり、民法の不法行為や不正競争防止法の信用毀損行為として法的な責任を負うことになるかもしれません。
その一方で、特許権侵害の悪評が広まることによって事業に影響が出るのを恐れた月夜野ドリンクの高梨は、和解金の支払いで問題を解決することを社長の増田に強く進言しました。
ただ実際には特許権侵害の疑いが生じたからといって、企業の評価がすぐに下がるとも思えません。
例えばごく最近、人気ゲームの「ウマ娘 プリティーダービー」が特許権を侵害しているとしてコナミデジタルエンタテインメントがCygamesを訴えました。しかしそれによってCygamesの評価が極端に落ちたともいえません。
むしろ権利を振りかざしているとしてコナミ側を批判するウマ娘のファンの声も多く聞かれました。月夜野ドリンクのぐるっとヨーグルも固定ファンがいるでしょうし、実際にビラがまかれた程度で無名の今宮食品の肩を持つ人がことさら多いとも思えません。
ただそうは言っても、特許侵害訴訟を受けて立つには手間もお金もかかります。
必要なコストが和解金を超えるのであれば、高梨のいうように和解金を支払うことにも経済的な合理性があります。実際、パテントトロールもそれを見越して無理筋の特許訴訟を仕掛けて和解金をせしめることがあります。こうした行儀の悪さはパテントトロールが世間から嫌われる要因の一つだと思います。
パテントトロールに対する対抗策は?
ドラマの後半、月夜野ドリンクは今宮食品の青汁が青山製薬堂の特許を侵害していることに気がつき、この特許を買い取って今宮食品を訴えることで紛争を終結に持ち込もうとします。
これは特許権侵害の疑いで訴えられたり警告を受けたりした際の有力な対抗方法の一つです。つまり特許権侵害を訴えてきた相手を訴え返して戦いのバランスをとる訳です。
ただし本来のパテントトロールは特許の活用以外の事業活動を通常行わないので、パテントトロールを訴え返せるような特許は通常ありません。パテントトロールが相手だと有効な対抗策が封じられることになります。この点、青汁の販売という飲料事業を行っていた結果、月夜野ドリンクに訴えられることになった今宮食品は一般的なパテントトロールに当てはまらないように思います。
より現実的なパテントトロールに対する対抗策は、特許をパテントトロール企業が手にするよりも前に、その特許についてのライセンスを得ておくことが挙げられます。
というのもパテントトロールが所有する特許は、その発明に関する事業を行う会社が出願したものです。したがって元々の特許の所有者(権利者)もその事業会社になります。
何らかの事情で事業会社からパテントトロールに特許が売られるより前に事業会社からライセンスを得ておけば、パテントトロールに対してもそのライセンスは有効に主張できることになります。
同じ分野で事業を行う事業会社同士の交渉であれば、互いの特許のライセンスを出し合うクロスライセンスの手法が使えますので、パテントトロールを相手に交渉するよりもライセンス料を低額に抑えることが可能です。
※編集部注:
ドラマ全体に対する、知財的な観点の感想
今回、今宮食品が怪文書を配布したことを除けば、今宮食品と月夜野ドリンクは、同じように外部から購入した特許をつかって相手の製品の特許権侵害の主張をしたことになります。同じ行為をしているにもかかわらず、月夜野ドリンクが今宮食品よりもことさら正しい側のように描かれるのは少し変に感じますね。
また月夜野ドリンクが買い取った青山製薬堂の特許は死蔵特許という扱いでしたが、権利を維持するためには特許庁に特許料という費用を支払い続ける必要があります。
特許の維持年数が長くなるにしたがって特許料は値上がりするので、2009年に出願された特許について青山製薬堂は規定の最高額の特許料を支払っていたはずです。元の経営者が亡くなって事業活動を止めていた青山製薬堂が特許を維持する合理的な理由は思いつかず、少し強引な設定ではありました。
ただいよいよドラマも佳境に近づき、今宮食品のアドバイザーとして登場した人物が次週、更に月夜野ドリンクに牙をむくようです。今後の展開を楽しみにしながら次回の放送を待ちたいと思います。
【弁理士解説】ドラマ「それってパクリじゃないですか?」関連記事 まとめ
◆1話「情報流出」について ◆2話「パクリとパロディ」の違い ◆2話「パクリ」の線引き ◆3話「侵害予防調査」のリアル ◆4話 なにが「商標出願の勝ち」か ◆5話「知財部の日常」とは ◆6話「ヤバい」で出願 ◆7話 プロから見た「パテント・トロール」 ◆8話 対パテント・トロール戦線 ◆9話アイデアを守る「戦略と駆け引き」 ◆最終話「営業秘密」「特許訴訟」について
番組概要・原作情報
番組概要
番組名:それってパクリじゃないですか?
放送日時:毎週水曜夜10時 (TVer、Huluにて配信あり)
出演:芳根京子、重岡大毅(ジャニーズ WEST)ほか
脚本:丑尾健太郎(「半沢直樹」「ノーサイド・ゲーム」「下町ロケット」など)
製作:日本テレビ
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/sorepaku/
原作情報
「それってパクリじゃないですか? ~新米知的財産部員のお仕事~」奥乃 桜子 /集英社オレンジ文庫
こんにちは。某機械系メーカーの知財部で10年以上働いている弁理士フムフムです。発明者の相談にのったり世界各国の特許庁からの通知や弁護士・弁理士からの連絡に対応したりして毎日をすごしています。
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