汗と涙の結晶、どう守る?その戦略と駆け引き【弁理士解説・それってパクリじゃないですか?】
※本記事にはドラマ「それってパクリじゃないですか?」第九話のネタバレ要素を含みます。未視聴の方はぜひ、本編視聴後にご覧ください。作品はTVer、Huluにて配信されています。
こんにちは。弁理士フムフムです。6月7日に、それってパクリじゃないですか?(通称、それパク)の第9回が放送されました。
それパクの中で私が一推しする登場人物は熊井部長(一番右のグレースーツの人)です。
先代の社長を囲んで
— 【公式】『それってパクリじゃないですか?』日テレ水10ドラマ 最終回は6月14日 (@sorepaku_ntv) June 1, 2023
月夜野のイケおじたちをお届け✨
月夜野同様、チーム #それパク も
いつもone teamで撮影しております!!
残すところあと2話
気になる予告の北脇さん…
来週もお見逃しなく👀#芳根京子#重岡大毅#高橋努#相島一之#赤井英和#野間口徹#第9話は6月7日水曜よる10時 pic.twitter.com/TYfVFOf3yl
彼はふだん物腰柔らかい好人物ですが、今週は彼がハッピースマイルに乗り込んで啖呵を切る意外な一面を見せていましたね。知財部員に任される仕事は淡々とした書類仕事が多いのですが、競合他社との交渉の仕事も担当することがあります。
時には激しくやりあったり、はったりをきかせたりするスキルも知財部員には必要とされるわけで、あのシーンは熊井部長が優秀な知財部員であることを証明するものだと思います。
ただハッピースマイルの田所部長が採用していた、競合他社の足を引っ張り自社を優位にするツールとして特許権を活用するスタイルも知財戦略としては標準的なものといえます。今回は悪役として熊井部長に対峙していた田所ではありますが、妙な愛嬌がある人物として描かれていることもあってわたしは彼のことも嫌いではありません。
目次
契約書はきちんと読んで交渉しよう
放送の序盤では、人気イラストレータのハナモが契約内容を誤解して、月夜野ドリンクによるイラストの無断使用をSNSで訴える問題が取り上げられました。知的財産にかける亜季の熱い思いを理解することでハナモはSNSでの発言を自発的に撤回することになったわけですが、現実の世界では亜季の言うようなきれい事ですまされないことも多々あります。
知財や法務部門は自社にリスクのある契約を交わすことを嫌いますので、自社にとってかなり有利な条件の契約書を相手側に提示することが多いです。まさにビジネスに正義はないわけです。
実際、イラストの利用について作者と契約を結ぶ場合に企業は著作権そのものの譲渡を持ちかけることも多いとききます。完全にイラストの権利を自社のものにしてしまえばドラマで描かれたような作者とのもめ事を避けることができるからです。
したがって契約書を提示された場合には、きちんと中身に目を通して理解してからサインする必要があります。
もしも納得できない場合には、契約の修正を申し出ることも有効です。初案は100対0で自社に有利な初案を提示して相手からの反応を見て妥当な落とし所を探る、という戦略がとられていることもありえますので、唯々諾々とサインすると非常に不利な条件をそのまま飲むことになりかねません。
実際に交渉によってどの程度の修正をしてもらえるかは相手との力関係によるのではっきりしたことはいえませんが、なにもわからずに不利な契約を結ぶことと、必要な手立てを尽くしたあと戦略的に不利な条件をのむことの間には大きな隔たりがあります。
特許出願をせずにノウハウとして技術を秘匿する、とは?
特許出願をすると原則一年半後に公開特許公報という書類が発行されて、出願書類に記載されていた発明の内容が公開されます。また審査の結果、発明が特許として認められれば、特許公報が発行されて改めて発明内容が公開されます。
これは独占を認めるかわりに発明の内容を強制的に開示させることで、世の中の技術の発展を促すことが特許制度の目的だからです。
第一条 この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。
作中でも説明がありましたが、北脇はカメレオンティーの技術が公開されてしまうくらいなら特許をとらないほうがよい、と考えて出願しなかったわけです。というのも特許権というものは世間で思われているほど万能ではないからです。特許発明とは異なるから特許権が及ばないけれど、特許発明と同じような機能や効果を有している代替技術を他社によって開発されてしまう、ということがよくあります。
ゼロから新たな発明を生み出すよりも、公開された発明の内容を参考にして代替技術を探すことのほうが一般には容易です。カメレオンティーの発明が公報によって公開されれば、カメレオンティーとは違う技術なのにカメレオンティーのように色や味の変わる別のお茶を他の人が開発してしまうかもしれません。
公開された特許発明を参考にして別の新しい技術が生み出されることは、まさに特許制度の理想とするところですが、月夜野ドリンクにとっては特許権の及ばない競合製品が生じることになり大きな痛手です。
そうであれば、特許出願をせず技術をノウハウとして秘密に管理して独占する手法をとることが考えられます。この方法なら他社がカメレオンティーを参考に別の技術を開発することを抑止できますし、特許権のように20年という存続期間の制限もありません。
重要技術をノウハウとして守っている企業の実例
ドラマ内では、ケンタッキーのチキンのレシピがノウハウとして秘匿されていることが話題に上りました。公式サイトを見てみたところ、レシピをいかに厳重に隠しているかが紹介されていました。
レシピを知っているのは\\世界でたったの// 3人
ハーブとスパイスの配合を知っているのは、世界でたったの3人。スパイスは複数の工場で数種類ずつ配合され、店舗に向けて出荷されます。各店舗でそれらをブレンドして初めて、11種類のハーブ&スパイスが完成。カーネルが生み出した秘伝の味は、こうして守られているのです。
レシピを守り続けて80年
アメリカ本部の金庫でレシピは厳重に保管されています。鍵穴が2つあるのは、2つの鍵がないと開かないためです。
日本企業で徹底的にノウハウを秘匿した事例としては、かつて世界をリードしていたシャープの液晶テレビの技術が挙げられます。シャープは製造装置の図面を複数に分割し、さらに複数の会社に分割して製造を委託することで製造設備のブラックボックス化を図り、製造設備からの技術流出を防いでいたといわれています。
特に製造の工程は、販売された製品を調べてもわからないことが多いので、出願されずにノウハウとして秘密に管理されることが多いです。
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ハッピースマイルはどうやって権利侵害に確信を持ったのか
ただ、この技術の秘匿化戦略も何かの事情によって他人によって同じ技術を発明されてしまい特許出願されると、途端に面倒なことになります。特許の世界は先願主義であり先に特許を出願した人が権利をえることができるからです。
ハッピースマイルがカメレオンティーと同じ技術を出願したのは、月夜野ドリンクがカメレオンティーを発明した後でしたが、月夜野ドリンクが出願をしていなかった以上、特許の審査においてはハッピースマイルの出願が特許と認められることになります。
その結果、カメレオンティーの発表をみたハッピースマイルは、月夜野ドリンクに特許権侵害の疑いで警告書を送ることになりました。
ただ正直にいうと、実際に発売される前にもかかわらず、どのようにしてハッピースマイルはカメレオンティーが自社の特許権を侵害している製品だと判断したのかかなり不思議です。
そもそもカメレオンティーは商品を調べたところで技術の内容が理解できないので、北脇が特許出願せずに秘匿化することを決めた経緯があります。実際の製品を手に入れていない段階では、なおさら特許権侵害か否か判断できるはずもありません。
ただ、実際にハッピースマイルが裁判を起こせば、月夜野ドリンクにはカメレオンティーの詳細を裁判で明らかにする必要が生じますし、裁判官によって指定された査証人という調査員にカメレオンティーについて調査してもらうこともできるので、特許権侵害の有無を明らかにできます。
これを踏まえれば、とりあえずはったりで警告状を送って、月夜野ドリンクの反応を見てから裁判を起こすか決めるという手段をハッピースマイルは取ったのかもしれません。
先使用権は知財業界の嫌われもの?
ハッピースマイルの警告に対して月夜野ドリンクが検討した対応策の一つが先使用権です。
月夜野ドリンクによるカメレオンティーの事業の準備が先に行われていたと証明できれば、月夜野ドリンクは先使用権を有することになって、ハッピースマイルの特許権は月夜野ドリンクのカメレオンティーに対して主張できなくなります。
一見すばらしい解決策ですが、この先使用権は知財関係者の中ではかなり忌み嫌われています。というのも出願より先に事業の準備が行われていたことを証明するのがとても大変だからです。
技術を社内で秘匿化することを選んだ以上、カメレオンティーに関する重要な資料もすべて社内にあるわけです。これらの社内資料が裁判で採用されるだけの客観的な証拠資料になり得るか微妙なところです。月夜野ドリンクも当初はカメレオンティーの販売を停止することを本線に考えていたので、おそらく先使用権の有効性を立証することに勝算が持てなかったのでしょう。
なお先使用権を立証するための確実な証拠を残すためには、公証人役場にいってカメレオンティーの実験報告書に確定日付を付与してもらったり、カメレオンティーの製造装置の詳細等を公証人に確認してもらって事実実験公正証書を作成してもらうことが考えられます。
大変な手続きにはなるのですが、カメレオンティーは社運をかけたプロジェクトであり、この技術を秘匿化することは大きな賭けと北脇自身が認識していたので、これくらいのリスクヘッジをしていてもよかったかもしれません。
次週はいよいよ最終回
放送の終盤にかけて、ハッピースマイルが特許出願をした真相があからさまに匂わされていました。次週の最終回はかなりドキドキの展開になりそうですが、ドラマの舞台は知財の一番の見せ場ともいえる特許権侵害訴訟になるようです。
北脇と亜季が裁判で真実を明らかにして勝利を勝ち取れるのか、来週ぜひ確認したいと思います。
【弁理士解説】ドラマ「それってパクリじゃないですか?」関連記事 まとめ
◆1話「情報流出」について ◆2話「パクリとパロディ」の違い ◆2話「パクリ」の線引き ◆3話「侵害予防調査」のリアル ◆4話 なにが「商標出願の勝ち」か ◆5話「知財部の日常」とは ◆6話「ヤバい」で出願 ◆7話 プロから見た「パテント・トロール」 ◆8話 対パテント・トロール戦線 ◆9話アイデアを守る「戦略と駆け引き」 ◆最終話「営業秘密」「特許訴訟」について
番組概要・原作情報
番組概要
番組名:それってパクリじゃないですか?
放送日時:毎週水曜夜10時 (TVer、Huluにて配信あり)
出演:芳根京子、重岡大毅(ジャニーズ WEST)ほか
脚本:丑尾健太郎(「半沢直樹」「ノーサイド・ゲーム」「下町ロケット」など)
製作:日本テレビ
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/sorepaku/
原作情報
「それってパクリじゃないですか? ~新米知的財産部員のお仕事~」奥乃 桜子 /集英社オレンジ文庫
こんにちは。某機械系メーカーの知財部で10年以上働いている弁理士フムフムです。発明者の相談にのったり世界各国の特許庁からの通知や弁護士・弁理士からの連絡に対応したりして毎日をすごしています。
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