知財部だけが知る「情報流出」の意外な話【弁理士解説・それってパクリじゃないですか?1話】
※本記事にはドラマ「それってパクリじゃないですか?」第一話のネタバレ要素を含みます。未視聴の方はぜひ、本編視聴後にご覧ください。作品はTVer、Huluにて配信されています。
「それパク」のドラマ放送が開始されました
こんにちは。企業の知財部に所属する弁理士フムフムです。4月12日(水)22時から「それってパクリじゃないですか?」(通称、それパク)の放送が開始されました。奥乃桜子さんの同名小説を原作にしており、女優の芳根京子さんとジャニーズWESTの重岡大毅さんがそれぞれ亜季役と北脇役として出演されています。
飲料メーカー月夜野ドリンクの開発部に所属し知財の知識がまったくない亜季が、親会社からやってきた弁理士の北脇とタッグを組んで知的財産に絡む様々な問題に立ち向かうドラマであることから、企業の知財部員や弁理士も大変に注目しています。
開発中の製品にそっくりな特許を先にとられてしまったらどうする?
第1話の冒頭では、亜季が開発したキラキラボトルとそっくりな特許が、競合他社のハッピースマイルに先にとられてしまったことが問題になりました。自社で開発中のものとそっくりな技術が他社によって先に特許出願されてしまうことは現実の世界でも起こりうることで知財部員や弁理士であれば少なからず経験しています。
ドラマのようにどこかで情報流出しているのではと疑心暗鬼になるのですが、実際には偶然の一致であることがほとんどです。同じ業界であれば同じようなトレンドを追っているので、類似技術を同時に研究開発していることがあるんですよね。
このように他社に先に特許を取られてしまう問題にどう対処すべきでしょうか。
予防策としては、できるだけ早く自社で特許出願(申請)をしてしまうことです。特許庁に対して特許出願を先にしたものが特許を取得できるのがこの世界のルールであり、北脇が説明したように先願主義といいます。
新しいアイディアを思いついたら…
そうすると新しい技術アイディアを思い立ったら他社に負けないようにすぐに特許を出願すべきです。
しかしこれは言うほど簡単ではありません。
というのも実際の製品の形は、アイディアを思いついたあと様々な試行錯誤を繰り返すことによって固まります。開発初期の段階で特許出願すると、その後の開発の中で当初の想定から最終製品の仕様が変わってしまうことも起こりえます。特許出願で記載された発明の内容と実際の製品が食い違ってしまう不具合が生じかねません。
また開発の中では、さらなる改善策や別の代替策のアイディアも生まれます。後から思いついたこれらのアイディアも特許出願に含めることができれば、特許の質は向上します。先願主義を重視して出願を早めるのか、記載を充実化させるために出願を遅らせるかは悩ましい問題です。
実際のところ、内容が薄いまま特許出願をしてしまって出願が特許庁の審査で拒絶されてしまうのを恐れる気持ちが知財部員にはありますし、発明者も製品の検討をしている間はとても忙しいので特許出願の準備をできるだけ後回しにしたい気持ちがあります。この両者の合わせ技で出願は遅れがちです。
※編集部注:思いついたアイディア(発明)が特許になるまでの流れはこちらの記事で解説中
本当に他社が先に特許を取ったら、知財部はどうするのか?
では残念ながら自社の出願が間に合わず、他社に先に特許を取られてしまった場合にはどうすれば良いでしょうか。
第1に他社の特許を「逃げる」ことがあります。作中でも開発部の高梨部長が相手の特許に触れない新たな「キラキラボトル」の開発を部下に命じていました。ただ他社の特許を理由に開発途中の製品の仕様を変えるのは、かなり困難かつ面倒なので開発部門にとっては嫌な仕事ですし、これを頼むのは知財部としても正直気が重くなります。
第2の対策は他社の特許またはそのライセンスを「もらう」ことです。しかし他社の特許を使わせてほしいと馬鹿正直にお願いしてしまうとかなり足元を見られます。ドラマでもハッピースマイルの知財部長の田所は、月夜野ドリンクに対して強気のライセンス料率を提示していました。
※編集部注:ライセンス料の相場は売上の3~5%と言われています
このような不利な交渉を避けるには、例えば相手がほしがる別の特許を自社が持っている状況を作ることが必要です。そうすれば一方的にお金を払ってライセンスをもらうのではなく、お互いにライセンスを出し合うクロスライセンスにもちこむことができます。
移転請求訴訟をしなかった真の狙い?
ハッピースマイルの特許は、本来権利を取得できない者が行った冒認出願によるものです。月夜野ドリンク社長の増田がハッピースマイルの堀口に「キラキラボトル」の情報をベラベラとしゃべってしまい、その情報を使ってハッピースマイルが特許出願をしていたことがドラマの最終盤で明かされます。
冒認出願による特許権に対しては、本来特許を取得できた人が移転を請求できる制度が特許法にあります。作中でも月夜野ドリンクの高梨が、ハッピースマイルの田所に対して移転請求訴訟を起こすことを匂わせます。
しかし最終的に高梨は、冒認出願の事情が表ざたにされることは対面が悪いだろうとハッピースマイルから月夜野ドリンクに自発的かつ無償で特許を譲渡させることに話を落ち着かせました。
月夜野ドリンクとしても訴訟という面倒を避けられたほうがありがたいわけですが、もしかすると月夜野ドリンク側には次のような事情もあったかもしれません。
もしかしたら、「キラキラボトル」の特許自体が無効になっていた!?
大原則として、特許出願の時点まで発明の内容を秘密にしていないと基本的に特許をとることができません。このルールに反していたと後でわかると、特許が事後的に無効になる可能性があります。
ハッピースマイルの出願は冒認出願ではあるのですが発明の情報を盗み出したわけではなく、月夜野ドリンクの社長自身が講演会後の会話でキラキラボトルについておおやけにしています。仮に裁判でこの事情が明らかになってしまうと、そもそも移転請求の成否以前に特許が無効にされてしまうリスクがあるので月夜野ドリンクは内々に特許の譲渡を受けたかったのかもしれません。
ちなみに特許権は会社の財産ですから、無償で、しかも競合他社に譲渡することは本来は会社の経営上許されません。実際にやるとなるとハッピースマイル社内で決裁をとるのが大変そうで田所の苦労がしのばれます。
来週以降も楽しみです
第1話は情報流出と冒認出願という知財部の中でもかなりスリリングな場面を扱っていました。予告編によると第2話ではパロディ製品を扱うようです。知財部としてはより身近な話題になりそうなのでこちらも楽しみです。
【弁理士解説】ドラマ「それってパクリじゃないですか?」関連記事 まとめ
◆1話「情報流出」について ◆2話「パクリとパロディ」の違い ◆2話「パクリ」の線引き ◆3話「侵害予防調査」のリアル ◆4話 なにが「商標出願の勝ち」か ◆5話「知財部の日常」とは ◆6話「ヤバい」で出願 ◆7話 プロから見た「パテント・トロール」 ◆8話 対パテント・トロール戦線 ◆9話アイデアを守る「戦略と駆け引き」 ◆最終話「営業秘密」「特許訴訟」について
番組概要・原作情報
番組概要
番組名:それってパクリじゃないですか?
放送日時:毎週水曜夜10時 (TVer、Huluにて配信あり)
出演:芳根京子、重岡大毅(ジャニーズ WEST)ほか
脚本:丑尾健太郎(「半沢直樹」「ノーサイド・ゲーム」「下町ロケット」など)
製作:日本テレビ
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/sorepaku/
原作情報
「それってパクリじゃないですか? ~新米知的財産部員のお仕事~」奥乃 桜子 /集英社オレンジ文庫
こんにちは。某機械系メーカーの知財部で10年以上働いている弁理士フムフムです。発明者の相談にのったり世界各国の特許庁からの通知や弁護士・弁理士からの連絡に対応したりして毎日をすごしています。
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