教えて柴田先生!企業の知財戦略とは?
企業は様々な知財戦略を取っているとよく聞きますが、一体知財戦略とは何なのかよく分からないことも多いかと思います。
今回は、知財と向き合うために企業が取っている戦略の代表例を解説してみたいと思います。
知的財産権とは?
知的財産権とは、特許を例に取ると、自分の技術的アイデアを独占する権利でしたね。この独占権という側面には、次の2側面があります。
- 自分の技術的アイデアを他者の模倣からどのように守るか?(オフェンスの視点)
- 他人の技術的アイデアを踏まないようにするにはどうしたらよいか?(ディフェンスの視点)
知財戦略というのは、この2つの側面に対処するための仕掛け・運用となります。全ての戦略の根源は、この2つの側面に収束するといっても過言ではないでしょう。
以下では国内外の企業が取り組んでいる知財戦略の代表例を5つほど紹介したいと思います。
自分のアイデアを守る視点(オフェンス視点)の戦略3つ
1.オープン/クローズ戦略
オープン/クローズ戦略とは、ある製品・技術について、以下の2択を考える戦略です。
- 自分の技術的アイデアを積極的に世の中に開示し(=特許出願し)特許権の形で保護すべきか?
- 自分の技術的アイデアを社内に秘匿して誰にも使用させないことにより、営業秘密・ノウハウの形で保護すべきか?
誰しもが自分の技術的アイデアを特許権という強力な権利によって保護したいと思うでしょう。しかしながら、特許制度は、技術的アイデアを隠さずに公開してもらい、広く世の中で使用できるようにしてもらう代償として、一定期間の独占権を付与するという仕組みになっています。
よって権利は欲しいが、アイデアは開示したくないといういいとこ取りができないものです。
どちらの戦略を取るべき?
一般的には、製品を市販してしまうと、どんな技術的アイデアが使用されているのか割と簡単に分かってしまうものについては、オープン戦略を取るべきといえます。
製品の市販が開始してしまったら、どのみちアイデアが流出するわけなので、どうせ流出するならば、特許制度を使って保護すべき(=他者による実施についてライセンス料を取れる道を確保すべき)という理屈です。
例えば、スマートフォンに組み込まれているカメラの構造などです。市販されるスマートフォンを買えば、どういう構造でカメラを組み込んでいるのかなど、かなり簡単に分かってしまいますよね?
一方、製品を市販しても、どんな技術的アイデアが使用されてるのか、容易には分からないものについては、クローズ戦略を取ることも検討できるといえます。
代表例的なものとしては、コカ・コーラのレシピなどです。市販のコカ・コーラ製品を手にしたとしても、その原材料をどのように調合して製造したのかを理解するのは、かなり難しいですよね?
クローズ戦略の注意点
ただし、外部からでは技術的アイデアが容易に分からないものについて、常にクローズ戦略を取るとは限りません。
クローズ戦略を取りたい背景としては、1つは特許権の存続期間が関係します。特許権というのは、出願日から20年が経過すると満了しますが、クローズ戦略を取りたい場面としては、特許権の満了後も引き続き技術的アイデアを他者に使用させたくない場合が考えられます。
逆にいうと、製品サイクル的に特許権の存続期間が満了する頃には、陳腐化して新たな製品の投入が必要になる(つまり製品サイクルが特許権の存続期間より短い)のであれば、むしろ特許制度の下で開示をして、ライセンス料などを得る機会を設けた方がよいという考えもできます。
いずれにせよ、製品や技術の性質、競合他者の状況を含む市場の展望をよく考えた上で、戦略決定すべきものとなります。
2.ポートフォリオ戦略
この戦略は、1つの製品又は事業を複数の特許権で取り囲み、当該製品又は事業へ第三者が参入してくる障壁を高くして、自社の競争力を優位に保とうとする戦略です。
特許権を得るためには、発明の詳細内容を記載した明細書を添付して、特許権が欲しい範囲を特許請求の範囲に記載して特許出願を行う必要があるところ、1の特許出願において特許を請求できる範囲としては、「1つの発明」といえる範囲に限定されています(単一性の要件。特許法第37条)。
よって、1つの特許出願によって特許を取れる範囲というのは自ずと制限されているので、様々な技術的アイデアを凝らして1つの製品を作っている場合には、1つの特許権で保護するだけでは足りないという事態に陥ります。
スマートフォンを例に
例えば、再度スマートフォンのカメラの構造を例に取ると、スマートフォンにシームレスに組み込むために取り付け部分に工夫(技術的アイデア)を凝らしていたり、薄型のスマートフォンにも対応できるようカメラ事態を薄型にするための工夫(技術的アイデア)を凝らしていたり、薄型ではあるが撮像エリアが狭くならない構造となるよう工夫(技術的アイデア)を凝らしていたりと、カメラ構造1つをとっても、工夫のアプローチには様々なものがあります。
ポートフォリオ化とは、1つの製品を様々な工夫の角度から複数の特許権で取り囲んで、1つの工夫(例えばシームレス構造の工夫)を回避したとしても、他の特許権により同じカメラ構造に他者が到達することを阻もうとするものです。
上記では、カメラ構造を例に取りましたが、これをスマートフォン全体に拡大すれば、採用されている技術的アイデアはもっと多くなりますので(例えば、タッチパネル技術の工夫や認証技術の工夫、耐衝撃・防水構造の工夫など)、これらについて特許権を取りそろえれば、より多くのポートフォリオ化が実現できます。
さらには、製品単位から更に拡張して、スマートフォン事業全体(旧機種、現機種、新機種)を対象とすれば、よりたくさんの特許権を以て事業を保護することができます。
ポートフォリオ戦略の結果
このように製品や事業を複数の特許権で取り囲んで参入障壁を厚くすると、製品や事業自体の経済的価値を高めることもでき、各特許権を活用したライセンス料収入を得られる機会が増えることもそうですが、製品や事業に対する投資を募ることがやりやすくなったり、IPOや事業売却の際に事業に対してより高値をつけてもらいやすくなったりします。
別の視点では、複数の特許権で取り囲んだ技術領域には、他者が参入してくることが困難であるため、次の製品の開発も行いやすいという利点もあります。
なお、ポートフォリオ化ということで、上記では特許権のラインアップを揃えることを中心に解説しましたが、何も特許権に限ってラインアップを揃える必要はなく、営業秘密・ノウハウ(つまりはクローズドの技術)や意匠権、商標権、著作権(ソフトウェア・プログラムなど)を組み合わせてラインアップを整えることも可能です。
3.標準化戦略
この戦略は、オープン/クローズ戦略を通じてオープンとすることを選択した技術的アイデアについて、ポートフォリオ化戦略により複数の特許権の束を取り揃えた後で、ある製品の標準規格の中にこれらの特許技術を取り込み、この標準規格を使おうとする人は必ずこれらの特許技術を使用するように仕向けることで、堅実なライセンス収入を得ようとする戦略です。
再びスマートフォンの例を取ると、スマートフォンの充電ケーブルは、Type-CだったりLightening方式だったりと複数の方式がありますが、同じType-Cのケーブルであれば、同じ作りをしていないと買う人は困ってしまいますよね?
そのため、「Type-Cのケーブルとはこういう規格で作りましょう」というおおよその仕様が業界で決まっています。
スマートフォンのケーブルにも、当然様々な技術的アイデアが採用されており、これを保護するための特許権も複数存在します。
標準化・規格化戦略というのは、Type-Cケーブルの規格仕様の中に特許権で保護された技術を取り込み、Type-Cケーブルを製造販売する人に対してこの特許権で保護された技術を間違いなく使用させることで、ライセンス収入を堅実に確保しようとするものです。
上述のとおり、オープン戦略によって特許権による保護を選択した技術について、特許権者は、他者がその分野に参入してこないことを期待します。
しかしながら、技術によっては、参入を抑制するよりも、むしろ積極的に活用してもらってライセンス収入につなげたいものがあるところ、参入する側からすると、ライセンス料というコストを抱えて製造に踏み切るよりは、特許技術を回避してライセンス料が発生しない方向に動きたいのが心情なので、放っておいてもなかなか特許技術を積極的に活用してもらえないという現状があります。
そこで、誰しもが回避することのできない「規格」に着目して、規格の中に特許技術を投入して特許技術を回避できないような仕組みを講じるのが、標準化・規格化戦略です。
よって、標準化・規格化戦略とは、参入させない方向よりも、参入させてライセンス料収入を得る方向を向いた戦略ともいえるかと思います。
ただし、規格の中に特許技術を入れ込んでしまうと、規格を使おうとする人に対して、公正,合理的かつ非差別的なライセンス金額・条件(FRAND条件と一般にいいます)にて、特許技術を使わせなければならないというルールに縛られてしまいます。
逆にいえば、誰しもが避けることのできない規格の中に特許技術を取り込んだ以上、使おうとする人によって特許技術のライセンスを拒否したり、条件を変えたり(金額を上げたり下げたり)することはできない、ということを意味します(独占禁止法上の懸念が生じます)。
標準化戦略を取るか否かは、この独占禁止法上のリスクも踏まえた上で検討する必要があるといえます。
他者のアイデアを踏まない視点(ディフェンス視点)の戦略2つ
4.パテントマッピング
パテントマッピングとは、ある製品の開発又は事業の展開に先んじて、当該製品・事業に関係する他者の特許(ドンピシャのもののみならず、周辺領域も含めて)を調査して、どこにどのような特許が存在するのかを可視化していくことをいいます。
再びスマートフォンを例に取ると、次の新機種において顔認証型のロックシステムを導入したい場合、顔認証技術にはどのようなものがありどこに特許があるのか、ロック技術にはどのようなものがありどこに特許があるのか、システムをスマートフォンに組み込む構造にはどのようなものがありどこに特許があるのか、ロックシステムとスマホ制御システムとの誤作動を防止する技術としてどのようなものがありどこに特許があるのか、などをつぶさに精査して整理いくことが、まさにこの活動といえます。
パテントマッピングを行うと、一義的には、どこにどんな特許があるのか(障壁)を把握することができるので、その障壁について回避策を取るのか(代替技術の開発に向かうのか)、あるいはライセンスを受けるのか、方向性を定めることができ、事業の収益構造をより正確に計算することができます。
より広い視点に立つと、障壁が高いところとそうでないところが把握できるので、障壁の小さいところに開発資源を投入して競争の少ないところで優位性を得るというような将来設計にも資するといえます。
パテントマッピングを行えば、業界の他者特許が一覧できるので、知らずに他者の特許を侵害してしまい、ある日突然特許訴訟に巻き込まれるというリスクも回避することができます。
5.パテントトロール対策
パテントトロールについては、こちらの記事をご参照ください。要は、特許権を買い受けて特許権の行使によるライセンス収益を得る業態のことです。
日本ではパテントトロール自体があまり多くないため、別個の対策などを特に意識することなく、通常のパテントマッピングにて対策を兼ねていることも多いように思っていますが、パテントトロールの多い(多かった)アメリカでは、パテントトロールへの対応についても所定のマニュアルフローを整備することで、対応コストの低減化を図る傾向が見られるように聞いています。
パテントトロールの手法としては、パテントマッピングでひかかってくるようなメジャーな特許権ではなく(そもそも買い受けが難しいし、買い受けたとしても既に対策を取られていることが多いため)、ややマイナーな特許権を買い受けて権利行使してきたり、あるいは全く別業界の特許権を買い受けて「業界をまたいで特許技術を応用している」と主張して権利行使してきたりと、想定外のところから攻められることが多いようです。
よって、パテントトロールからアプローチをされても、にわかには侵害なのか否かが判明せず、そもそもパテントトロールの主張が正しいのか?を精査するために弁護士費用が発生するという構図になっていることが多いです。
そのため、アプローチを受ける企業においては
- 全てのアプローチについて通常の精査を行った上で、不当な請求については正面から戦う
- 簡易的な精査により一定程度理があると思われるアプローチについては、一律のライセンス料を支払うよう交渉する
などのフローを用意しているところもあるようです。
おわりに
代表的な知財戦略の例について紹介しましたが、各戦略を見ていただくと、何も大企業のみが取り組むべきものではなく、規模の大小を問わず、事業者であれば誰しもが考えておかなければならない問題です。
自社の戦略やその具体的メカニズムについてお困りであれば、弁理士や弁護士に相談されてみてはいかがかと思います。
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弁護士(米国カリフォルニア州)及び弁理士(日本)。国内事務所において約4年間外国特許、意匠、商標の実務に従事した後、米ハリウッド系企業における社内弁護士・弁理士として10年強エンターテインメント法務に従事。外国特許・商標の他、著作権などエンタメ法が専門。
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