対パテント・トロール戦線!描かれる”リアルな知財の仕事”【弁理士解説・それってパクリじゃないですか?第8話】
※本記事にはドラマ「それってパクリじゃないですか?」第8話のネタバレ要素を含みます。未視聴の方はぜひ、本編視聴後にご覧ください。作品はTVer、Huluにて配信されています。
第8話のあらすじ
「それってパクリじゃないですか?」の第8話は、パテントトロールとの全面対決というテーマでした。
今宮食品との特許トラブルをきっかけに、本格的にパテントトロールに目を付けられた月夜野。特許権侵害の訴訟を起こされ、莫大な和解金を要求されます。同時に、高梨開発部長に対する疑惑が多数浮上し、社内に動揺が。侵害疑惑のある特許の特許性欠如を証明すれば問題は解決するのか!?亜季と北脇はこのトラブルを乗り越えられるのか!
今回はパテントトロールとの全面対決。特許を無効にするための新規性違反の調査、パテントトロールとの交渉などをわかりやすく扱っていました。今回はこれらの事項について、現役弁理士が掘り下げて解説します。
無効資料調査で訴訟回避を目指す
総合発明企画から特許権侵害で訴えられた月夜野ドリンク。訴訟の対象となっている「009特許」を無効にするため、先行文献がないかを社員一丸となって調査します。
特許を無効にするための先行文献調査を無効資料調査といいますが、実際に無効資料調査は行われるのでしょうか。また、ドラマでは社員が電話をかけまくっていましたが、実際にもこんなことはあるのでしょうか。
特許になっている発明の無効資料調査なんて意味があるの?
月夜野ドリンクは「009特許」を無効にするため、先行文献調査を行いました。特許侵害で訴えられたとき、無効資料調査は実務上必ずと言っていいほど行われる対抗手段です。
なお、今回の無効理由である新規性については第6回の記事で説明していますので、詳しくはそちらをご覧ください。
特許というのは特許庁の審査官が新規性や進歩性といった特許要件をしっかり審査して、特許要件を満たしたものが権利として認められます。よって、その特許発明と似たような発明がないかどうかは、特許庁が審査する段階ですでに調査されているのです。
ではなぜ月夜野ドリンクは過去に似たような発明がないかどうか先行文献調査を行ったのでしょうか。
これは特許というものが、権利化された後で特許要件を満たさないことが判明した場合、無効になってしまうからです。特許が無効になると、その特許ははじめから存在しなかったものとみなされるため、特許権侵害訴訟の対象特許は無かったものとされてしまいます。
対象特許が存在しない以上、特許侵害になることはありえないため、月夜野ドリンクは特許侵害を回避・訴訟に勝てます。そのため月夜野ドリンクは、「009特許」の発明には本当は新規性がなかったことを証明するために、全力で無効資料調査を行ったというわけなのです。
もちろん特許庁の審査で過去に似たような発明がなかったからこそ特許になっているのですから、月夜野ドリンクがさらに独自調査を行うのは一見無駄と思えるかもしれません。
しかし、特許庁の審査では見つからなかった文献が、独自の先行文献調査によって見つかる場合も往々にしてあるのです。特にドラマでもあったように、海外の文献が見つかることが実務上も多いです。
特許庁の審査では世界中の文献が対象となりますが、調査の時間には限りがあるため、特に海外の文献についてはそこまで詳細に調査されているわけではありません。
実は過去の海外論文に特許発明と同様の発明が発表されていた……なんてことは、実際の実務でもよくあることなのです。
今でも電話?無効資料調査の方法
月夜野ドリンクは「009特許」が無効であることを証明するため、北脇を中心に海外を含めて電話をかけまくっていました。ですが実際の知財部では、電話をかけることはほとんどありません。無効資料調査はほぼすべての時間をパソコンでの調査に費やします。
特許というのは世界中に存在しており、各国特許庁はそれぞれ自国の特許データベースを持っています。その各国データベースを使って、過去に似たような発明が出願されていないかを一つ一つ調査していくのです。
ドラマでは「砂漠で一粒の砂を見つけるようなもの」という表現が用いられていましたが、無効資料調査はまさにそのようなイメージです。地道な作業が要求されます。
日本の特許庁には「J-PlatPat」という特許データベースがあります。ドラマの中でも過去に亜季が「J-PlatPat」を使って先行文献調査をしている場面が何度かありました。
日本特許の無効資料調査では、まずは日本の特許庁の「J-PlatPat」を使って調査をすることが多く、日本では見つからない場合、実務上は米国、ヨーロッパ、中国の特許を調査することが多くなっています。
専門の調査会社が活躍!
ドラマでは月夜野ドリンク内で独自に無効資料調査が行われていました。
現実でも社内で無効資料調査が行われることはあるのですが、先ほど説明したとおり、無効資料調査は非常に大変な作業です。社員は特許の検討など他のことに時間が取られるため、実際は外部の調査専門会社に調査を外注することが多いです。
外部の調査専門会社は有料の特許データベースを駆使して世界中の特許を調査してくれます。費用は安くても20~30万円、海外の特許をくまなく調査するとなると100万円を超える場合もあります。
弁理士は英語がペラペラ?
月夜野ドリンクは無効資料調査の際、いろいろなところに電話をかけて資料がないか確認していました。その中で、弁理士・北脇が流暢な英語で話している場面がありました。(TVerだと33分ごろのシーンです)
北脇の英語はかなりうまくて感心したという視聴者の感想が多かったようですが、弁理士はあんなに英語がしゃべれるものなのでしょうか?
実際の弁理士は、ドラマの北脇と同様、英語に堪能な方が多いのです。なぜかというと特許の先行文献調査は、海外の特許文献や論文を調査する必要があります。海外の特許文献や論文は当然外国語です。そうなると必然的に外国語、特に英語を読みこなす能力が必要なのです。
私が企業知財部にいたころの同僚弁理士には、海外のロースクールに留学して米国弁護士資格を取得している人がいました。しかも一人だけではなく何人も、です。
※編集部注:アメリカに弁理士資格はありません。出願業務等は基本的に、弁護士資格&代理人試験合格者である「特許弁護士」が行います。詳しくはこちらの記事で紹介しています
最近は中国の特許が問題になることも多いため、中国語を話せる弁理士も増えてきています。
私の知財部の同僚には、中国の大学に留学して中国語がペラペラな人がいました。
このように、弁理士は海外の仕事が多いため外国語が堪能な方が多いです。グローバルに活躍したい方にはぜひおすすめしたい資格です。
本当にパテントトロールは存在する?
ドラマの中で出てきたパテントトロール「総合発明企画」。代表者の芹沢は、月夜野ドリンクに対し1億円という高額な和解金を要求してきました。実際の世界でもこのようなパテントトロールは存在するのでしょうか。
パテントトロールという言葉が存在する以上、実際にパテントトロールと呼ばれる企業は存在します。特に、訴訟大国と言われるアメリカに多く存在する印象です。
私が知財部にいたときは、米国の企業から特許のライセンスオファーが届いたりすることは日常茶飯事でした。知財部員はそのたびにライセンス対象の米国特許を分析し、特許の範囲に自社製品が含まれているのかどうか、特許に無効理由は存在しないかなどを検討するのです。
このようにパテントトロールと呼ばれる企業は主に米国に多く存在することが多いのですが、日本にもパテントトロールのような企業は存在します。ドラマの中の芹沢のように、相手方の会社に乗り込んでライセンス交渉をしてくる会社もあります。
実際の特許訴訟は大変か
ドラマでは、最終的には総合発明企画が訴訟を取り下げ、会社自体も解散して月夜野ドリンクの全面勝訴となりましたが、現実ではあんなにうまくいくものなのでしょうか。
特許侵害で訴えられた場合、平均して1年は訴訟が続くことになります。1年もかかるの?と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、訴訟というのは通常1か月~2か月ごとに期日が開かれるため、そんなに早く進行するものではありません。
とりわけ特許侵害訴訟では、訴状や準備書面といった裁判所に提出する書面を書くのが非常に大変なため、期日を開くまでの時間がかかるのです。
特に米国で特許権侵害訴訟を提起されてしまった場合、米国弁護士との打合せやデポジションの準備など、手間と時間がかかります。もちろん費用もかかります。米国で訴訟をされると億単位の費用がかかることも珍しくありません。
芹沢が提示した1億円という和解金額は、特許の世界全体で見ると実はそれほど高い金額ではないです。米国で訴訟を起こされると米国弁護士に支払う費用だけで1億円かかる場合もザラですから、1億円だったら早期に和解してしまったほうが良い場合もあります。
ただし、あまりに早期に和解に応じるとカモにされることがあるため、実際には経済的合理性を度外視して戦うことも多くあります。
まとめ
第8話のテーマは、パテントトロールとの全面対決がテーマでしたが、ドラマの演出として若干エンタメ要素が入っていると感じたものの、ほぼ実際の実務に沿った内容に仕上がっていました。
「ビジネスに正義なんてない」と言っていた北脇が「ときには正義があってもいい」と言った場面は、エリート弁理士で私情を持ち込まない北脇が、亜季の影響を受け始めていると感じました。亜季が知財部員として着々と進歩していることを裏付けるものでした。
次回はいよいよカメレオンティー発売を目前に控えて盛り上がる中、ライバル会社から警告書が届くという展開。北脇が完全敗北?という非常に気になる次回予告でした。エリート弁理士で完璧な北脇が頭を抱えてしまった理由を早く知りたいですね。次回の放送を楽しみに待ちたいと思います。
【弁理士解説】ドラマ「それってパクリじゃないですか?」関連記事 まとめ
◆1話「情報流出」について ◆2話「パクリとパロディ」の違い ◆2話「パクリ」の線引き ◆3話「侵害予防調査」のリアル ◆4話 なにが「商標出願の勝ち」か ◆5話「知財部の日常」とは ◆6話「ヤバい」で出願 ◆7話 プロから見た「パテント・トロール」 ◆8話 対パテント・トロール戦線 ◆9話アイデアを守る「戦略と駆け引き」 ◆最終話「営業秘密」「特許訴訟」について
番組概要・原作情報
番組概要
番組名:それってパクリじゃないですか?
放送日時:毎週水曜夜10時 (TVer、Huluにて配信あり)
出演:芳根京子、重岡大毅(ジャニーズ WEST)ほか
脚本:丑尾健太郎(「半沢直樹」「ノーサイド・ゲーム」「下町ロケット」など)
製作:日本テレビ
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/sorepaku/
原作情報
「それってパクリじゃないですか? ~新米知的財産部員のお仕事~」奥乃 桜子 /集英社オレンジ文庫
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