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製薬業界の必須知識!パテントクリフについて解説します

パテントクリフとは

パテントクリフとは日本語で「特許の壁」を意味する用語であり、主に製薬業界で使われています。

日本の法律では、特許としてある技術を独占的に使用できるのは出願日から数えて最大20年までと決まっています。

第六十七条 特許権の存続期間は、特許出願の日から二十年をもつて終了する。

引用;特許法 | e-Gov法令検索

そして製薬業界では、特定の特許権が終了すると、特許権の権利範囲に含まれていた技術を使った安価な医薬品(ジェネリック医薬品)が市場に投入されます。ジェネリック医薬品の投入により、特許権を所有していた会社の売上が減少すると予測される時期を、パテントクリフと呼んでいます。

医薬品における特許の特徴

とりわけ製薬業界で特許権の期限満了が大きな問題となり、「パテントクリフ(特許の崖)」とまで呼ばれるようになるのは、医薬品における特許がある特徴を持っているからです。

それは、特許の対象が新薬/成分の新たな用途/製造過程での技術/製造方法のいずれになるかで、権利の取り方や売上に与える影響が絶対的に異なる、というものです。

まず医薬品における特許は、次の4種類に分けることができます。

  • 物質特許
  • 用途特許
  • 製剤特許
  • 製法特許

物質特許とは、新たに発見された物質そのもの(新薬)に対する特許権です。権利範囲は通常、物質の構造(化学式)によって特定されます。

用途特許とは、既知の物質について、新たな用途を発見した場合に、発見した用途を保護するための特許権です。

製剤特許とは、医薬品を製造する過程で発見された技術を保護するための特許権です。

製法特許とは、医薬品を製造する方法について新たに発見した場合に、この方法を保護するための特許です。

物質特許は一番特徴的

物質特許は、新薬そのものを独占的に実施することを可能にする特許権であるため、とりわけ以下の特徴を有しています。

  • 特許権が存続している間はジェネリック医薬品の販売を防げるので、特許権者に大きな利益をもたらす
  • 日本のみならず多数の国で特許権を取得することが多い
  • 製造承認が得られるまでは、特許権を取得しても販売はできない

製造承認と延長登録

医薬品は、臨床試験を行い製造承認を得られるまで、新薬の販売をすることができません。この販売できない期間は、平均すると約8年にもなります。

そのため新薬に関わる特許権を取得したとしても、独占的に販売できる期間が短くなり、新薬開発にかかった費用を十分に回収できない可能性も生じます。

これを解決するために特許法では、特許権が存続しているにもかかわらず、製造承認を得るまでに時間を要し、独占的に販売することができなかった期間について、5年間を上限として、特許権の延長登録を認めています(特許法67条4項)。

第六十七条 特許権の存続期間は、特許出願の日から二十年をもつて終了する。

4 第一項に規定する存続期間(第二項の規定により延長されたときは、その延長の期間を加えたもの。第六十七条の五第三項ただし書、第六十八条の二及び第百七条第一項において同じ。)は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、五年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。

引用:特許法 | e-Gov法令検索

パテントクリフの事例

次に、パテントフリフの事例を紹介します。

いずれの事例も、物質特許の特許権が終了(満了)した後、ジェネリック医薬品の販売が可能となることで、特許権者であった会社の売り上げが激減するという内容です。

ファイザー社の事例

ファイザー社は、脂質異常症の治療薬であるリピトールの物質特許を有していました。

このリピトールは2011年度には世界で約9000億円の売り上げを得ていましたが、2011年に米国での特許が失効したため、2014年度には世界での売上が約2000億円まで落ち込んでいました。

そしてファイザー社全体の売り上げは、2011年度で6兆円以上、2014年度でも約5億円となっています。

この売り上げの減少に対してファイザー社は、アメリカのワイスという製薬会社を買収することで対応しており、2017年度では6兆円以上の売り上げを挙げるまで回復しています。

エーザイの事例

エーザイは、アルツハイマーの治療薬であるアリセプトの物質特許を有していました。

アリセプトの特許権を有していた2009年度、エーザイは約8000億円の売上となっていました。しかし2010年以降、アリセプトの特許権が失効したため、エーザイの売り上げは2012年度で6000億円を切るところまで減少しました。

その後数年は売り上げは伸びず苦しんでいましたが、抗がん剤であるレンビマや抗てんかん薬であるフィコンパの増収、メルク社との提携などにより、2022年度には約7400億円の売り上げとなっています。

住友ファーマの事例

住友ファーマは、抗精神病薬であるラツーダの物質特許を有していました。このラツーダは2021年度、北米で2041億円の売上を挙げ、会社全体でみても売上の3割以上を占めていました。

しかし、北米でのラツーダの特許が満了することと、住友ファーマの主力商品である糖尿病治療薬「トルリシティ」の販売提携が終了したことで、2023年度の営業利益は約600億円の赤字になる見込みです。

住友ファーマはこの2023年度の赤字に対して、前立腺がん治療薬であるオルゴビクス、子宮筋腫・子宮内膜症治療薬であるマイフェンブリー、過活動膀胱治療薬であるジェムテサの販売拡大により、業績回復を図る方針を打ち出しています。

塩野義製薬の事例

塩野義製薬は、抗エイズウイルス薬であるドルテグラビルの物質特許を有しています。そして、この物質特許のライセンス収入が伸びていることもあり、塩野義製薬の売上高は2019年度の約3330億円から、2022年度の約4270億円と増えています。

ドルテグラビルに関するライセンス収入は2019年度で1271億円となっており、売上高の3割以上がこのライセンス収入によるものとなっています。

しかしながら、このドルテグラビルの特許権は2028年頃にそれぞれの国で満了します。

そのため塩野義製薬では、2028年度以降予想される売上高の減少をどのように乗り越えるかが、大きな経営課題として挙がっています。

この経営課題に対して、塩野義製薬では、ロイヤリティー収入の依存度を減らし、日本・米国・中国での医薬品の自社販売や、医療用医薬品以外の製品やサービス、具体的にはワクチンやOTC(カウンター越しによる医薬品の販売)を強化する方針を打ち出しています。

アステラス製薬の事例

アステラス製薬は、抗がん剤であるイクスタンジの物質特許を有しています。

アステラス製薬はイクスタンジで2021年度に約5600億円の売上を上げていますが、イクスタンジの特許が2027年から各国で特許権の満了を迎えるため、2027年以降はイクスタンジの売上が減少するとみられています。

このイクスタンジの売上減少に対して、アステラス製薬は、閉経に伴う血管運動神経症状の医薬であるfezolinetant、尿路上皮がんの医薬であるPADCEV、急性骨髄性白血病の医薬であるゾスパタ、腎性貧血の薬であるエベレンゾといった各種医薬品の販売による売上増大を見込んでいます。また医薬以外の分野でも、遺伝子治療やがん免疫の分野において、売り上げ増大を図る計画でいます。

まとめ

パテントクリフは、医薬品にとっては会社の存続を左右しかねないほどの売上減少を及ぼす可能性のある事象です。そのため、製薬会社では、該当する物質特許が満了する数年前から、事業をどのように運営するか、対応を迫られています。

また最近では、特許権の満了した先発医薬品を処方する場合に保険料の負担を増やすとのニュースもありました。

この制度が開始されることにより、特許権満了後の先発医薬品の売上はさらに減少することが予想され、特許権満了後の事業展開がさらに重要になるものと思われます。

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