Apple Watchをめぐる訴訟たちについて解説【対Masimo・対AliveCor】
だんだんと使用者も増えてきたスマートウォッチ。
そのなかでも著名なApple Watchをめぐる訴訟がこの数年間で複数発生しています。
今回はApple Watchをめぐる訴訟について、現状2024年3月時点で判明している状況を解説していきます。(2024年10月28日追記あり)
目次
Apple Watchはどのような時計か
Apple Watchとは、Apple社が開発・販売しているスマートウォッチであり、時計の機能の他に、カレンダーや天気の表示や、一日の歩数、消費カロリーの算出・表示などの機能を有しています。機種によっては、血中酸素ウェルネス(血中酸素レベルの測定)や、電気心拍(心拍数の測定)などの機能も有しています。
Apple Watchの主なモデルとしては、2023年末の時点で、以下の3つが販売されています。
- Apple Watch Series 9
- Apple Watch Ultra 2
- Apple Watch SE
これらの3つのモデルのうち、2023年9月に発売されたApple Watch Series 9と、Apple Watch Ultra 2には、血中酸素ウェルネスと、電気心拍の機能が搭載されています。
Apple Watchをめぐって争われた訴訟
Apple Watchをめぐって争われた訴訟としては、次の4つがあります。
- Masimo社がApple社を特許権侵害で訴えた訴訟
- Apple社がMasimo社を特許権侵害で訴えた訴訟
- AliveCor社がApple社を特許権侵害で訴えた訴訟
- AliveCor社がApple社を独占禁止法に基づいて訴えた訴訟
これらの訴訟は、いずれもアメリカで行われています。1~3の訴訟は2023年末の時点で継続中、4の訴訟はAliveCor社の訴えが棄却され独占禁止法の適用がない旨の判決がなされています。
Masimoはどのような会社?
Masimo社は、ヘルステクノロジーと家電を主な業務とするアメリカの会社です。
痛みを伴う針刺しや侵襲的な採血を必要としない、つまり苦痛のない方法で生体内をモニタリングする技術に強みを持ち、生体内のモニタリングに関する医療機器やウエアラブル装置などを取り扱っている会社です。
また2019年は約9億3000万ドル、2022年は約20億ドルの売上高と、近年急激に売上を伸ばしてもいます。
さらに会社のホームページには、各製品ごとに使用されている特許が記載されており、会社が特許を重要視していることを窺い知れます。
AliveCorはどのような会社?
AliveCor社は2010年に設立された、心電図の異常を検知するモバイル機器を販売しているベンチャー企業です。
近年では、オムロンヘルスケアやメイヨー・クリニックなどから総額3,000万ドルを調達したことでも話題になった会社です。
AliveCorとの資本・業務提携に関するお知らせ(オムロン ヘルスケア株式会社)
MasimoがAppleを訴えた特許権侵害訴訟
Masimo社は、Apple社が以下の特許権を侵害しているとして、2020年に特許権侵害訴訟を提起しました。
【本訴訟で取り上げられた、Masimo社の保有する特許権】
①米国特許10,258,265
この特許は、血液成分の非侵襲測定のためのデータ収集システムに関する特許であり、2019年4月に特許となっています。
②米国特許10,292,628
この特許も、血液成分の非侵襲測定のためのデータ収集システムに関する特許であり、2019年3月に特許となっています。
③米国特許10,588,554
この特許は、血液成分の非侵襲的測定のためのマルチストリームデータ収集システムに関する特許であり、2020年3月に特許となっています。
④米国特許10,631,765
血液成分の非侵襲的測定のためのマルチストリームデータ収集システムに関する特許であり、2020年4月に特許となっています。
またこれらの特許のうち、②から④の特許は、Masimo社の販売している時計に使用されています。
訴訟の概要
この裁判では、Apple社の販売しているApple Watch Series 9とApple Watch Ultra 2が、Masimo社の①から④の特許を侵害しているか否かについて争われました。
この訴訟は米国国際貿易委員会において約2年間審理され、2023年9月に第1審の判決がなされました。
判決の内容は「Apple Watch Series 9とApple Watch Ultra 2は、Masimo社の特許権を侵害している」というもので、この判決により2種類のApple Watchは、2023年12月に米国内での販売が禁止となりました。
しかしApple社は、これら2つのApple Watchから血中酸素濃度測定機能を削除することで特許権の侵害を回避し、現在は該当機能を削除したApple Watchを販売しています。該当製品では、ユーザーが血中酸素濃度測定機能を利用しようとすると「血中酸素濃度測定機能は利用できなくなりました」とのメッセージが表示されるようになっています。
控訴審での争い
第1審でApple社の特許権侵害が認定されたことを受け、Apple社は連邦巡回控訴裁判所に控訴しました。
この控訴審においては、まず、判決が確定するまで2つのApple Watchの販売禁止を延期することが決定されました。そのためApple Watch Series 9とApple Watch Ultra 2は、2024年1月に販売が再開されました。
2024年3月現在も、控訴審は争われ続けています。
AppleがMasimoを訴えた訴訟
Apple社は、Masimo社からの特許権侵害訴訟に対抗する形で、Masimo社のW1 WatchがApple社のApple Watchを模倣している旨の訴訟を2022年に提起しました。
本件はデラウェア州の連邦裁判所に提訴されており、デザインの模倣の他、米国特許11,474,483という特許権の侵害についても主張されています。
この特許はウェアラブル電子機器に関する権利であり、2022年10月に特許となっています。
訴訟の概要
本件でApple社は、Masimo社が時計の外観、充電器、ヘルスモニタリング技術等のデザインや、タッチパネルの操作方法、上記の特許などを模倣したと主張しています。
この訴訟により、Apple社とMasimo社は互いに提起しあう形となり、収束が困難な状況へと変化しました。なお相手方の製品に対するこの訴訟は現在も続いています。
このように両社が互いに侵害訴訟を提訴しあう状態になった場合には、訴訟の進行を見ながら、和解の道を探るということが、良く行われています。
例えばシャープとサムスンは、液晶パネルと液晶モジュールに関する特許の侵害訴訟を2007年から複数の国で互いに提起していましたが、2010年に和解をし、訴訟を終了させています。
シャープとサムスン電子が液晶特許侵害訴訟で和解 | ニュースリリース:シャープ
【2024/10/28 追記】
こちらの訴訟ですが、デラウェア州の陪審は「マシモがアップルの特許を故意に侵害した」という主張を認め、Masimo社に250ドル(約3万8000円)の賠償を命じました。
しかし侵害が認められたのは「W1」と「Freedom」の過去モデルおよび充電器に対して。現行モデルについては特許権侵害は認められないとし、マシモ製品の販売差止は命じられませんでした。
参考:Apple wins $250 US jury verdict in patent case over Masimo smartwatches | Reuters
心電図に関するAliveCor社との訴訟
Apple社のApple Watchをめぐっては、血中酸素濃度測定機能以外にも、心電図機能に関する訴訟が提起されています。
この一件では
- Apple社のApple Watchに搭載されている心電図機能の技術が、AliveCor社の特許権を侵害しているという訴訟
- Apple Watchに搭載されていたAliveCor社の心電図に関するシステムが、アルゴリズムのアップグレードにより機能しなくなった事に起因する独占禁止法の訴訟
の2つが提起されています。
AliveCor社が起こした、特許権侵害での争い
この件では、Apple社のApple Watchに搭載されている心電図搭載機能が、AliveCor社の特許権を侵害しているとして、2021年に提訴されました。
俎上に取り上げられたのは米国特許9,572,499。こちらは不整脈の追跡とスコアリングのための方法・システムに関する特許であり、2017年2月に特許されています。
訴訟の概要
本件は米国際貿易委員会に提訴されており、2022年12月に、Apple WatchがAliveCor社の特許権を侵害していると認定されました。
しかしこの訴訟と並行して行われていたAliveCor社の特許無効の審理で、米特許商標庁の委員は、AliveCor社の特許が無効であると判断したため、本特許の無効が確定するまでは、特許権侵害に伴う差止めは保留となっています。
独占禁止法での争い
AliveCor社は、Apple Watch用の心電図測定バンドであるKardia Bandを2017年から販売し、iPhoneと組み合わせて心電図を測定するできるKardiaMobileを2019年から販売していました。
しかしApple WatchのOSにおいて心拍数データを収集するアルゴリズムを、Heart Rate Path Optimizer(HRPO)から、Heart Rate Neural Network(HRNN)にアップグレードすることで、AliveCor社のアプリが機能しなくなりました。
そこでAliveCor社は、このアプリの制限が反競争的な動きであり、独占禁止法に違反するとの訴訟をApple社に対して起こしました。
訴訟の概要
この訴訟も、AliveCor社がApple社を相手に、2021年に提起した訴訟です。
この事件は米連邦地方裁判所に提訴されましたが、AliveCor社の主張は認められない形で、2024年2月に第1審の判決がなされました。
判決の詳細は非公開となっていますが、Apple社が行ったアルゴリズムの変更はApple Watchの機能改善を目的とするもので、競合他社を排除する目的ではないと認定されたのではないかと思われます。
なお本件については、今後AliveCor社が控訴することで判決の内容が変わる可能性もあります。
最後に
ここまでApple Watchをめぐる訴訟を4件見てきましたが、これらはアメリカの特許権に基づく侵害訴訟であるため、仮にApple社が敗訴した場合でも、その影響はアメリカのみに及びます。
そのため本裁判で仮にAppleが敗訴したとしても、日本で販売されるApple Watch Series 9とApple Watch Ultra 2から問答無用で血中酸素ウェルネスとや電気心拍の機能が削除されることはないと思われます。
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特許事務所に勤務している弁理士です。中小企業のクライアントを多く扱っています。特許業務が主ですが、意匠・商標も扱います。
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