特許の消尽とは?米国弁護士&日本弁理士が解説します!
はじめに
パテントトロールの際に特許侵害とは?というお話をしました。
本日は、侵害の前段階の問題として、「特許権が及ぶ範囲」の一例について、お話してみたいと思います。
侵害とは?
侵害のおさらいです。パテントトロールでは、有効に登録されている特許の、特許請求の範囲(国外では特許クレームと言ったりします。)に記載の事項の全てにあてはまる技術的アイデアを、権利者に無断で使用すること、が侵害であるとお話しました。
実施とは?
上記説明では、簡略化のために「無断で使用」と申しましたが、ここでいう「使用」とは、特許法上では「実施」と称されています。
この「実施」とは、日本国の特許法においては、以下の行為をいうと定められています。
これらの「実施」にあたる行為をビジネス目的で無断で行うと、当該特許権を「侵害」することになります。
(1)「物」の特許について
- 当該「物」の生産
- 当該「物」の使用
- 当該「物」の販売その他譲渡、貸渡
- 当該「物」の輸出入
- 当該「物」の販売等のための展示その他申し出
(2)「方法」の特許について
- 当該「方法」の使用
(3)「物」の生産「方法」の特許について
- 当該「方法」の使用
- 当該「物」の使用、販売その他譲渡、貸渡、輸出入、販売等のための展示その他申し出
上では日本特許法の概念を紹介していますが、アメリカ特許法においてもほぼ同じ概念が採用されています。
より具体的には?
「物」の特許と「方法」の特許について、具体的な例を挙げながら、実施や侵害について見ていきたいと思います。
(1)「物」の特許
「物」の特許の例として、例えば以下を構成要素とするアプリ(プログラム)の特許(架空)について考えてみましょう。
携帯端末において実行される配車用プログラムであって、ユーザーの現在地情報を取得する現在地情報取得部と、配車可能な車両の情報を取得する車両情報取得部と、前記現在地情報取得部により取得した現在地情報に基づく現在地に、最も近接する位置にある配車可能な車両を車両情報取得部により特定して、配車することを特徴とする配車用プログラム。
この特許が保護しようとする技術的アイデアは、乱暴に言ってしまえば、
①ユーザーの現在地情報及び
②車両情報を取得して
③その現在地に近い車を配車する
というものです。
ではこのアプリに関する「特許」を「実施」するとはどういうことかというと、以下の行為が一例として挙げられ、これを特許権者にビジネス目的で無断でやってしまうと「侵害」となります。
- (a)上記①から③を要素に含むアプリを開発すること(=生産)
- (b)上記①から③を要素に含むアプリを使用すること(=使用)
- (c)上記①から③を要素に含むアプリを販売のためにサイト上に掲載し(=展示)、申込に応じて販売すること(=譲渡)
(2)「方法」の特許
「方法」の特許の例として、例えば以下を構成要素とする方法の特許(架空)について考えてみましょう。
携帯端末において実行される配車方法であって、ユーザーの現在地情報を取得し、配車可能な車両の情報を取得し、取得した現在地情報に基づく現在地に、最も近接する位置にある配車可能な車両を特定して、配車することを特徴とする配車方法。
この特許が保護しようとする技術的アイデアは、乱暴に言ってしまえば
①ユーザーの現在地情報及び
②車両情報を取得して
③その現在地に近い車を配車する
というものです(アプリとするか方法とするかアプローチの違いのみです)。
では、この方法に関する「特許」を「実施」するとはどういうことかというと、以下の行為が一例として挙げられ、これを特許権者にビジネス目的で無断でやってしまうと「侵害」となります。
(a)上記①から③を要素に含む方法を使用すること(=使用)
すなわちユーザーの現在地情報を取得して、車両情報を参照して、現在地に近い車を配車するという運用を、ビジネス目的で無断でやってしまうと、この方法特許を侵害することとなります。
侵害になる範囲が広すぎる?
このように「実施」の概念から考えていくと、物の特許にしろ方法の特許にしろ、特許侵害が成立しうる範囲は、意外に広いと思われるように思います。
特に、物の特許にしろ方法の特許にしろ、「実施」の概念に「使用」が含まれているので、第三者からソフトウェアやシステムを購入して使用しているだけの事業者でも、「使用」の事実により特許権者から侵害のお咎めを喰らってしまうことになります。
消尽とは?
実施・侵害の概念からすると、侵害が理論上は成立するとはしても、ソフトウェアやシステムを普通に購入して使用しているだけの事業者が侵害のお咎めを受けるのは、今ひとつ納得感に欠けますね。
この理論上の侵害成立範囲を納得感のある範囲に限定する概念が消尽です。英語では、exhaustionやfirst sale doctrineと呼ばれています。
(1)物の特許に関する消尽
消尽とは、物の特許について、特許権者は、一旦正規に特許発明製品を流通に置き、その後に転々と流通されるだけに過ぎない場合には、後の転得者による実施行為(転売や使用など)に対して、特許権を行使することができないというものです。
この消尽の理屈からすると、第三者からソフトウェアやシステムを購入して使用しているだけの事業者の例については、この第三者によるソフトウェアやシステムの販売行為が合法な場合(特許権者の承諾を得ているなどの場合)には、特許権者は、この事業者によるソフトウェア/システム使用行為について、特許権を行使できない、ということになります。
ただし、気を付けておかないといけないのは、以下の場面です。
場面①
ソフトウェアやシステムの購入先である第三者が、特許権者の承諾を得ていないなど、ソフトウェアやシステムの販売が違法である場合
この場合には、「特許権者が一旦に正規に流通に置く」という要件が満たされないので、当該ソフトウェアやシステムに係る特許について、消尽が成立しません。
特許権者は、単に購入して使用しているに過ぎない事業者に対しても特許権を行使できることになります。
購入先である第三者が責任を負ってくれるか否かは、ソフトウェアやシステムの購入契約の内容次第となります。
場面②
正規に販売されるソフトウェアやシステムを購入した場合であっても、購入者が単に使用するに留まらず、当該ソフトウェアやシステムを解析して新たな機能を付け足すなどして、さらに転売する場合
新たな機能を付け足すなどすることは、特許の対象となるソフトウェアやシステムを利用して、別個のソフトウェアやシステムを生産する、ということにもなりかねません。
とすると、「転々と流通されるに過ぎない」とはもはやいえず、新たな生産行為を行い、別個のソフトウェア/システムを販売するものとなってしまうので、消尽が成立しない(特許権を行使できる)ということになってしまいます。
なお、特許の観点では新たな生産行為と見ることはできない場合(よって消尽成立とされる場合)であっても、契約で禁止されているのに解析をしたり、新たな機能をつける行為は、不正競争防止法に定める営業秘密の権利や著作権法に定める複製権・翻案権を侵害することも十分に考えられます。
この考え方は、日本のみならず、アメリカでも同様の考えが取られています。
(2)方法の特許に関する消尽
方法の特許について、方法そのものが商品として転々と流通することはにわかには考えにくいので、消尽の場面を考えるのが難しいかもしれません。
しかしながら、現状の法解釈としては、特許されている方法を実行することのできるソフトウェアやシステム(例えば、上記の配車方法を実現可能にするアプリ(=上記の配車アプリ)やシステムなど)を、特許権者が一旦正規に流通に置き、その後に転々と流通されるだけに過ぎない場合には、後の転得者による実施行為(転売や使用など)に対して、方法特許権を行使することができないと解されています。
つまり、特許権者が方法を実行するシステムの開発販売を一旦承諾してしまうと、そのシステムが単に流通する限りにおいては、特許権者は後のシステム使用者に対して方法特許を主張することはできない、ということになります。
ただし、気を付けておかなければならないのは、特許されている方法を実行することのできるソフトウェアやシステムが正規に販売されているとしても、このソフトウェアやシステムを用いずに特許されている方法を使用してしまうと、消尽は成立しません(正規品の流通という側面がないためです。)。
この考え方は、日本のみならず、アメリカでも同様の考えが取られています。
国際消尽って?
上記で検討した消尽論は、日本で特許されている物/方法について、日本国内で正規な流通が生じ、その転得者が日本国内で使用・実施する場合を前提とした話です。よって国内消尽論とも呼ばれます。
国際消尽とは、日本で特許されている物/方法について、外国で正規な流通が生じ、外国でそれを取得した転得者が、日本国内にそれを持込み使用・実施する場合に消尽が成立するのか?という議論をいいます。
日本でもアメリカでもおおむね国際消尽を認める方向の立場を取っていますが、国内消尽よりも国際消尽が生じる要件を厳格にしているので、国内消尽のようにシンプルではないと少なくともいえます。
その詳細については、ここでの検討は省略し、別の機会に譲りたいと思います。
おわりに
特許発明について、権利侵害となってしまうのか消尽が成立するのかの判断は、極めて高度な知識が要求されるものです。
特にソフトウェアやシステムの話となるとさらに複雑になりますので、何か重要なシステムを開発、導入、販売するような場合には、弁理士や弁護士などの専門家に契約内容等含めて相談されることをお勧めします。
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弁護士(米国カリフォルニア州)及び弁理士(日本)。国内事務所において約4年間外国特許、意匠、商標の実務に従事した後、米ハリウッド系企業における社内弁護士・弁理士として10年強エンターテインメント法務に従事。外国特許・商標の他、著作権などエンタメ法が専門。
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