グレースピリオド?先行技術?米国弁護士がアメリカの特許を解説!
はじめに
学会発表などで、特許出願前に発明を公開してしまった場合、日本では新規性喪失の例外手続により権利化を図っていくことになります。
では、このような場合、アメリカではどのように手続を進めればよいのでしょうか?
今回は、アメリカの「グレースピリオド」についてお話するとともに、アメリカでは何が先行技術として特許性に関する拒絶の基礎になるかについてお話したいと思います。
(執筆:柴田純一郎 米国弁護士/弁理士)
<この記事でわかること>
・アメリカ特許特有の制度
・グレースピリオドとは?
・アメリカでの先行技術について
※アメリカ特許についてのまとめ記事はこちら
→アメリカ特許入門!米国弁護士がアメリカでの特許出願を徹底解説
グレースピリオドとは?
(1)概要
合衆国法典第35編(United States Code Title 35)(いわゆる米国特許法。その日本語訳はこちらを参照)第102条によると、(a)項において、「有効出願日前に・・・印刷刊行物に記述されていた、又は・・・公衆の利用に供されていた」場合には、特許を受けることができない原則が規定されます。
この原則は、アメリカに限らず、その他の国・領域でも同じことなので、特段異論はないかと思います。
一方、米国特許法第102条(b)項では、(a)項に対する例外として、次の2つが定められています。
(1)本願の有効出願日前1年以内に、本願発明について同一の発明者(又は共同発明者)に直接又は間接に由来してなされた開示
(2)本願とは別の出願又は特許に記載されている主題であるが、同一の発明者(又は共同発明者)に直接又は間接に由来するか、有効出願日以前において同一人に権利帰属し又は権利帰属させる義務があった場合
上記の(1)とはまさに日本でいうところの新規性喪失の例外に該当し、アメリカでは、この「有効出願日前1年以内」という期間のことを、グレースピリオド(恩恵を受ける期間)と称しています(以下「グレースピリオド例外」といいます。)。
一方、上記の(2)は、いわゆる冒認出願(本来特許出願を行う権原のない者による特許出願のこと)などのように、本願の主題が開示される出願が第三者によりなされた場合に、本願がこの冒認出願によって拒絶されないよう図る規定です(以下「冒認出願等例外」といいます。)。
(2)グレースピリオド例外となる事由
上記のように、グレースピリオド内であれば、米国特許法第102条b1の基づき、「本願発明について同一の発明者(又は共同発明者)に直接又は間接に由来してなされた開示」が、本願について引例とならないことになります。
この例外にあてはまる場合とは、具体的には以下のような事例を言っているものと解されています。
(1)米国出願日前1年以内に、本願発明の発明者が学会で本願発明の内容を発表した場合(「直接に由来してなされた開示」)
(2)米国出願日前1年以内に、本願発明の発明者が所属する会社が、自社のホームページで本願発明の内容を発表した場合(「間接に由来してなされた開示」)
(3)米国出願日前1年以内に、本願発明の発明者が所属する会社が、第三者に対して本願発明を開示して商談をしたところ、この第三者がその内容をパンフレットに記載した場合(「間接に由来してなされた開示」)
(4)本願発明の発明者が、日本において本願発明について出願をし、米国出願日前1年以内に日本にて出願公開された場合(「間接に由来してなされた開示」)
日本の新規性喪失の例外においては、上記(4)の外国又は日本の公開公報又は特許公報に掲載されることについては、救済されませんが、アメリカでは公報による公開についても救済が適用される点が大きく異なります。
よって、日本に出願した発明について、当初はアメリカに出願予定がなかったため、優先権主張期間(日本出願から1年)が徒過してしまい、さらに日本で公開公報が発行された(日本出願から1年半)としても、この公開公報発行から1年以内であれば同一発明についてアメリカ出願を検討できる、ということになります。
ただし、この日本での公開公報発行よりも前にこの発明について他に公開行為がないこと(ある場合には、この他の公開行為から1年となります。)、また日本出願に対して優先権主張はできないこと(優先権主張期間が徒過しているため)は注意が必要です。
またグレースピリオドの起算点たる「有効出願日」とは、原則的にはアメリカでの出願日をいいますが、優先権主張がなされている場合には優先日をいいます。
よって、日本出願を行ってその優先権主張期間内に日本出願に対して優先権を主張してアメリカ出願を行った場合、グレースピリオドにより救済されるのは、アメリカでの出願日前1年に留まらず、日本出願の出願日前1年間の行為にも適用されます。
出願人にとって、救済が手厚い制度といえます。
(3)冒認出願等例外となる事由
一方、米国特許法第102条b2によれば、「本願とは別の出願又は特許に記載されている主題であるが、同一の発明者(又は共同発明者)に直接又は間接に由来するか、同一人に権利帰属し又は権利帰属させる義務があった場合」ならば、当該別の出願又は特許の記載が、本願について引例とならないことになります。
この例外にあてはまる場合とは、具体的には以下のような事例を言っているものと解されています。
(1)本願発明の発明者及びその所属会社が、商品開発のために第三者に対して本願発明を秘密裏に開示したところ、当該第三者が無断で本願発明と同じ発明について特許出願をアメリカで行った場合(直接に由来)
(2)本願発明の発明者が、米国出願日前1年以内に本願発明について学会発表を行い、何ら関係のない第三者が当該学会発表を見て、本願発明と同じ発明について特許出願をアメリカで行った場合(間接に由来)
(3)本願の類似発明についてX社が先に特許出願を行ったが、Y社が本願を出願する前に類似発明の譲渡を受け、本願発明について出願を行う場合(同一人に権利帰属)
冒認出願等例外に当てはまるためには、「有効出願日前1年以内」の要件は原則不適用です。
上記(1)は典型的な冒認出願の事例で、多くの説明を要しないでしょう。
上記(2)について少し補足すると、上記(2)においては、①学会発表と、②第三者による特許出願という2つの公開行為が存在します。
このうち、②第三者による特許出願については、冒認出願等例外により救済を受けることができますが、①学会発表については、冒認出願等例外とは関係がないので、別個にグレースピリオド例外により救済を受ける必要があります。
よって、もし学会発表自体が有効出願日前1年以内でなかったとすると、グレースピリオド例外に当てはまらず、第三者による特許出願は引例とならなくとも、自身の学会発表が引例としてされてしまうことになります。
上記にて「原則不適用」と申し上げたのは、このように複数の公開行為がある場合には「有効出願日前1年以内」の要件も加味する必要がある場合があることを意味します。
(4)手続
グレースピリオドの恩恵を受けるには、出願時において特に何も手続をする必要はありません。日本などと比べて、出願人にとって非常に楽な制度設計になっているといえます。
米国特許商標庁(USPTO)から拒絶理由通知を受けた際に、出願人又は発明者に起因する開示を引例として拒絶がなされていることが判明した時点で、当該引例が出願人又は発明者に起因する開示であることを宣誓供述書(Affidavit)において供述することで回避することとなります。
先行技術とは?
グレースピリオド例外等を考えるにあたっては、そもそもアメリカでは、どのようなものが先行技術として引例になるのか(すなわち本願の特許性を否定する根拠として使用することができるのか)を理解しておく必要があります。
以下において、先行技術になるものを列挙して解説します。
(1)公知公用
本願発明が、有効出願日よりも前に、世界のどこかで実施されていたり、知られたりする場合、この実施や知得を証するものは、その証明日を以て引例となります。
日本でも公知公用は、新規性拒絶の事由ですので、特に違和感はないかと思います。
アメリカでは、公用については、以前はアメリカ基準(アメリカで実施しているかを基準)としていましたが、現在では世界基準になっています。
公知公用を証するものが引例とされることは、概して多くないです。
というのも、引例として引用するからには、有効出願日よりも前の日付であることを証明できる必要がありますが、審査官の方において公知公用の日付を証明することのできる資料を見つけるのに難を要するという事情があるようです。
(2)文献公知
本願発明が、有効出願日よりも前に世界のどこかで発行された文献に開示されている場合、この文献は、当該発行日を以て引例となります。
文献の場合、その著者や発行年月日が分かりやすいので、引例としてよく利用されます。
なお文献というと、新聞や雑誌、書籍などが想起されると思いますが、米国外で発行された特許出願公開公報や特許公報も文献に該当します。
よって、これらの公報は、その発行日を以て先行技術として取り扱われます。
(3)米国出願又は特許の公報
本願発明が、本願の有効出願日よりも前に出願された、別の者が発明者として記載される米国特許出願の公開公報又は米国特許公報に開示されている場合、当該公報の発行日にかかわらず、当該米国特許出願又は米国特許の出願日を以て引例となります。
先行技術になる日は、当該技術の存在を裏付ける日であるのが大原則ではありますが、米国特許出願公開公報及び米国特許公報については、特殊な扱いがされています。
日本でも日本の特許出願公開公報や日本特許公報については、同様の取り扱いがなされており(日本特許法第29条の2)、その効果は拡大先願効などと一般に称されています。
本願の有効出願日よりも前に出願された他人の出願があったとしても、本願発明の出願時点において公開されていなければ、本願の出願人は、当該他人の出願の内容を知得することはできません。
知得できないものを根拠として、本願発明が拒絶されるのは本来的には不合理といえます。
しかしながら、特許制度が発明を励行するための制度であるとすると、他人の出願に既に開示される後の発明を保護したとしても、発明の励行にはつながりません。
よって、政策として、他人の出願に既に開示される後の発明は、たとえ後の発明の出願時点で当該他人の出願が公開されていないとしても、保護しない方策が日本・アメリカを含む多くの国で採用されています。
米国特許出願の公開公報や米国特許公報が引例として拡大先願効を発揮するのは、当該公報の明細書や図面に本願発明が開示されるが、当該公報のクレームには本願発明が該当しない場合です。
当該公報のクレームと本願クレームとが抵触する場合には、二重特許に該当するので、二重特許として拒絶されるでしょう。
注意を要するのは、アメリカで出願日に遡って引例となるのは、アメリカにおける特許出願又は特許の公報です。
これには、米国に出願したものとみなされる国際出願(PCT出願)も含まれます。
また米国における特許出願が優先権主張を行っている場合には、優先日にまで遡ります。
一方、日本の特許出願公開公報や特許公報(国際出願は除きます。)は、アメリカにおける特許出願又は特許の公報に当たらないので、引例となるのはあくまでその発行日であり、出願日や優先日には遡りません。
なお、拡大先願による引例にて特許性を否定できる場面としては、多くの国・領域では新規性のみですが(日本も同様)、アメリカでは進歩性(非自明性)を否定する根拠にも用いることができる点にも注意が必要です。
おわりに
アメリカは、先願主義に移行したことにより、他国と足並みが揃った側面が多くありますが、依然として独自の制度を保有する国です。
引例の扱いについても、審査官により誤った日付を引例の日付として認定して、引用する例も少なからずありますので、拒絶理由通知をUSPTOより受領された際には、その観点でも注意して見ていただけるとよいのではないかと思います。
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弁護士(米国カリフォルニア州)及び弁理士(日本)。国内事務所において約4年間外国特許、意匠、商標の実務に従事した後、米ハリウッド系企業における社内弁護士・弁理士として10年強エンターテインメント法務に従事。外国特許・商標の他、著作権などエンタメ法が専門。
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