国際特許(PCT出願)とは?主要国の特許制度について弁理士が解説します。
国際特許とは?
「国際特許」という言葉を耳にされたことがある方もいるかと思います。
では、一体「国際特許」とは何なのでしょうか?
文字通り、複数の国で通用する特許のことを意味しているのでしょうか?
実は、複数の国で効力のある特許という意味では、「国際特許」というものは、現時点では存在しません。
原則として、特許は、取得した国において有効という考え方(属地主義)が取られています。
では、なぜ「国際特許」と言われるのでしょうか?
それは、おそらく「国際特許出願」と称される制度が、誤って「出願」の部分が脱落してしまったものであろうと思われます。
今回は、「国際特許出願」について解説していきたいと思います。
(執筆:柴田純一郎 米国弁護士/弁理士)
<この記事でわかること>
・国際特許とは?
・外国で特許を取得する方法
・主要国の特許制度と特許取得にかかる費用
国際特許出願とは?
(1)概要
「国際特許出願」とは、特許協力条約(Patent Cooperation Treaty:PCT)という国際条約に基づき、加盟国間で統一された方式により、所定の加盟国における特許庁に対して出願することにより、全ての加盟国(153か国:2021年4月19日現在)に対して同時に特許出願した効果を得ることのできる出願手続をいいます。
これまで、国際的に発明を保護する仕組みの構築に向けて、国際的な場面において多くの議論がなされてきました。
その議論の中には、文字通り「国際特許」(又は世界特許)を確立させることを目指すものもありましたが、各国における特許制度及びその法制の考え方の違い方から現在までに実現には至っていません。
その議論の軌跡として、以下の国際取り組みが現在までに実現されています。
- (1)ある国でなされた出願の出願日を、他の国での出願でも活かすことのできる国際取り組み(パリ条約に基づく優先権制度)
- (2)加盟国間で、特許出願の書式・方式を統一して、1の加盟国に対する統一フォームでの出願を、他の加盟国全てに対して同時になされた出願として取り扱う国際取り組み(PCTに基づく出願方式統一制度)
- (3)加盟国間で、自国の特許出願手続を簡素化し手続法の調和を図る国際取り組み(特許法条約に基づく手続法調和制度)
現在も議論が続いている国際取り組みとしては、「実体特許法条約」があり、この条約は、方式や手続法から一歩進めて、特許要件(先願主義、新規性、進歩性などの特許性)の制度調和を図るものです。
現時点では、引き続き条約案の検討はなされているものの、実現化には至っていません。
国際特許出願(PCT出願)は、出願書式・方式が条約に基づき統一化されたものといえます。
(2)PCT/パリルートの違い
1.パリルート出願とは
上述のパリ条約に基づき、1国でなされた出願の出願日の利益を、他の国において主張(優先権主張)してなされた出願のことを、一般にパリルートによる出願と称しています。
パリルート出願の意味するところは、出願日に関しては大雑把にいって加盟国間で統一した扱い(つまり第1国でなされた出願の出願日を尊重する扱い)がなされる出願ではありますが、どういう出願書式を用いて出願すべきか(書式・方式)やどのような手続を経て特許になるのか(手続法)、どのような特許要件が課されるのか(実体法)については、全て各国の定めるところに従うということが特徴です。
よって、各国の定めるところにしたがって出願書類を作成し、各国の定める手続にしたがって出願書類を提出し、各国の定める要件にしたがって審査されます。パリルートの場合、特許性判断で第1国の出願日の利益を受けることができるという点にのみ、統一が図られているといえます。
2.PCTルート出願とは
一方、PCTに基づき、統一化された書式・方式の下でなされた出願のことを、一般にPCTルートによる出願と称しています。
PCTルート出願の意味するところは、条約で定められた書式・方式により出願することにより、全加盟国に対して同時に出願した効果を得る、ことに力点があります。
後述するように、PCT出願を行った後は、国際段階という過程を経た後、各国の審査段階へと移行されます。各国へ移行された後は、各国の定める手続法・実体法にしたがって特許化を図ることになります。
よって、書式・方式や手続法の一部についてまで統一が図られている、といえます。
なお、PCT出願においても、先に提出した出願に対してその出願日の優先権主張を行うことが可能です。
優先権主張を組み合わせてPCT出願を行うと、出願日の利益、書式・方式、手続法の一部についてまで統一が図られることになります。
3.PCT=国際特許?
PCT出願を行うと、現153か国に対して同時に特許出願を行うことができるため、国際特許出願と称される場合もあります(PCT出願=国際特許出願)。
しかしながら、繰り返しになりますが、PCT出願は、あくまで各国への出願を束として行うに過ぎず、特許権を全加盟国で発効させるものではありません。
各加盟国で特許を取得するには、後述のとおり、PCTの出願日又は優先日から30か月以内に、特許の取得を希望する加盟国に対して、国内移行手続を行わなければならず、国内移行手続をした後は、上述のように、パリルート出願や国際枠組みによらずになされた出願と同様に審査に付されることとなります。
現時点においては、全世界的に同時に特許権を付与する制度は存在しておらず、よってヨーロッパ諸国などの局地的な国際特許制度を除き、国境を跨いで有効な国際特許は存在しないといえます。
よって、「国際特許第〇〇〇〇号」という表記がもしなされていれば、それは「国際特許出願第〇〇〇〇号」の誤りであるか、何らかの意図を以て虚偽の表示をしている、ということになります。
(3)PCT出願の流れ
PCT出願は
- (1)出願書類の提出
- (2)国際段階
- (3)各国移行
- (4)各国審査
- (5)各国での権利化
という流れにより、手続が進みます。以下において各段階を順に解説します。
(3-1)出願書類の提出
出願書類としては、PCT専用の書式により作成された以下の書類を、出願人が所在する国(又は地域)の特許庁(「受理官庁」といいます)に対して提出することから開始します。
- 願書
- 明細書
- クレーム
- 要約書
- 図面
これらの書類は、PCT条約上は、PCTに基づく国際公開言語の1つで作成(英語、フランス語、ドイツ語、日本語、中国語、韓国語、アラビア語、ポルトガル語、ロシア語、スペイン語)することが要件ですが、受理官庁により受理可能な言語が制限されている場合には、それにしたがいます。
ちなみに、日本国特許庁を受理官庁とする場合には、日本語・英語のみが受理可能な言語となっています。
(3-2)国際段階
国際出願を行うと、途中で取下げるなどの事情が存在しない限り、どの出願も、
- (1)受理官庁による受理・方式審査
- (2)国際調査機関による調査
- (3)国際事務局による公開
という手順を辿ります(ここまでは出願時に支払った庁手数料で賄われます。)。
もし出願人がオプションとして、
- (4)国際予備審査機関による審査を希望した場合には、国際予備審査機関によるより深い審査がなされます(別途の庁手数料が必要です。)。
以下でそれぞれを解説します。
1.受理官庁
受理官庁(Receiving Office)が出願書類を受け付けると、受理官庁は、方式についてPCTに基づきなされているかを確認した後、この出願書類を受理し、国際出願日を認定します。
不備がある場合には、その通知がなされますので、それにしたがって補足手続を行うことが必要ですが、その内容によっては(例えば、明細書が脱落しているなどの不備の場合)、国際出願日の認定が手続補足日に後ろ倒れとなってしまうこともあります。
受理官庁は、国際出願日を認定した後、その出願書類データを国際事務局(世界知的所有権機関:World Intellectual Property Organization内に設置。スイスのジュネーブに所在します。)に送るとともに、所定の国際調査機関にも送付します。
2.国際調査機関
国際調査機関(International Search Agency)とは、出願のなされた内容について先行技術に関する調査を行い、その結果を報告する役割を担います。
この国際調査機関による報告のことを国際調査報告といい、国際調査報告においては、出願対象の発明についてどのような先行技術文献があり、新規性や進歩性などの特許要件にどのような影響がありえるかが明らかにされています。
出願人としては、各国へ移行する前に、PCI出願を行った発明の価値を知ることができる制度です。
なお、日本国特許庁を受理官庁とする場合には、国際調査機関は、出願言語が日本の場合、日本国特許庁、出願言語が英語の場合、欧州特許庁(EPO)又はシンガポール特許庁となります。
3.国際事務局
国際事務局と(International Bureau)は、国際出願の事務のとりまとめを行う役割を担い、国際出願日(優先権主張がある場合は優先日)から18か月以内に、国際出願及び国際調査報告を公開します。これを国際公開といいます。
国際調査報告の内容を受けて、出願人は、1回に限って、PCT出願のクレームを所定期間内に限って補正を行うことができます。この補正のことを19条補正といいます(PCT第19条に基づくため)。
19条補正は、受理官庁ではなく(日本国特許庁ではなく)、国際事務局(ジュネーブ)に提出します。
もちろん、19条補正を行うことなく手続を進行させることも可能ですが、19条補正を行うメリットとしては、全ての加盟国に対して、一括して同時に補正をしたものと取り扱われることが挙げられます。
よって、各国に移行した後に、どのみち各国共通で補正することを検討されるのであれば、国際段階のうちに一括して対応する方が手間・費用ともに簡便といえるかと思います。
ただし、19条補正を行った結果、特許性の判断にどのような影響があったのかは何ら通知されませんので、あくまで一方向の手続となります。
4.国際予備審査機関
国際調査報告の内容によっては、さらに掘り下げた審査を行ってもらい、補正・答弁等を行って、特許性について肯定的な見解をもらいたいと考える場合もあるかもしれません。
上述のとおり、19条補正を行いたいと思っても、国際事務局や国際調査機関は、その補正内容に対する判断を行ってくれません。
そのような場合に、さらなる深度の審査を行ってもらうためには、所定期間内に、国際予備審査(International Preliminary Examination)を、国際予備審査機関(International Preliminary Examination Agency)に対して、追加手数料を支払って請求することができます。
日本国特許庁を受理官庁とする場合には、国際予備審査機関は、国際調査機関を担当した官庁が務めます(日本語でなされたPCT出願の場合には、日本国特許庁が国際予備審査機関となる)。
国際予備審査を請求すると、クレームのみならず明細書に対しても補正を行うことができ(これを34条補正といいます。PCT第34条に基づくものであるからです。)、また答弁書を提出することにより、出願人意見を述べることもできます。
これら34条補正や答弁書に対して、国際予備審査機関から更なる見解(国際予備審査報告)を得ることができるので、発明のより正確な価値把握に資する他、34条補正により、全ての加盟国に対して、一括して同時に補正を行うことができます。
いうまでもなく、国際予備審査を行うか否かは、完全に出願人の自由ですので、これを行うことなく、国際調査報告の内容のままで各国移行することも可能です。
(3-3)各国移行
PCTの出願日又は優先日から30か月(国・地域によっては31か月まで猶予のあるところあり)以内に、特許権を取得した国の特許庁(指定官庁:Designated Officeといいます。)に対して、国内移行手続きを行います。
上の解説で、PCT出願によって「全加盟国に対して同時に出願した効果を得る」と申しましたが、これは単にPCT出願を行うと、自動的にそのような効果が得られるというだけで、全加盟国に対して国内移行手続を行う必要はありません。
国際調査報告(又は国際予備審査報告)により把握された発明の価値並びに国際段階の30か月期間中における市場動向の様子を見て、権利を取りたい国を取捨選択して国内移行手続を行っていきます。
多くのケースでは、国内移行先として、アメリカ、欧州、中国、韓国、インドあたりが選択されることが多いようです(台湾には移行できません。後述します。)。
なお、30か月というのはあくまで最終の移行期限を示すものなので、30か月が到来する前に各国移行をすることももちろんできます。
ただし、その場合、国際段階を尊重して、30か月の期限が経過するまで国内での処理を猶予する指定官庁もありますので、もし権利化を急ぎたい場合には、すぐに国内処理を行ってもらうための手続を行うことが必要な場合があります。詳しくは現地代理人に確認されるとよいでしょう。
各国移行する場合、必要書類としては各国別により異なる部分がありますが、おおよそ共通して必要なものとしては下記が挙げられます。
- ・国際特許出願の写し
- ・国際段階の書類一式(国際調査報告、国際公開公報、国際予備審査報告)
- ・国際段階での補正の写し(19条補正・34条補正。各国で補正を反映させたい場合)
- ・国際特許出願の翻訳文
- ・国際段階での補正の翻訳文
上記の書類を現地代理人に対して引渡し、国内移行を依頼すると、現地代理人の方で国内係属手続を進めてくれます。
各国での審査
PCT出願について、各国への移行が完了すると、そこから先は各国の要件にしたがって審査がなされていくことになります。
PCT出願も、この段階にまでなると、パリルート出願や優先権を主張せずに行った各国出願と同じ取り扱いとなります。
主要国の特許制度と特許の取り方
国別にどのように手続を進め特許を取っていくのかについては、代表的な国に関して別記事にしていますので、ご参照ください。
なお、台湾について出願したい企業も多いですが、台湾はPCTルートを選択できません(PCT加盟国でないため)。
台湾は、パリルートにより出願していくことになりますが、その詳細については、こちらをご参照ください。
外国出願費用&ルート別メリット
外国に出願する場合の費用概算について、ルート別にご紹介します。
(1)パリルート
このルートによる出願の場合、以下の費用が主要な費用となります。
- 英語その他外国語による出願書類作成費用
- 中継を依頼する国内弁理士に対する手数料
- 現地における手続を依頼する現地代理人に対する手数料
- 現地庁に納めるべき庁手数料
もちろん案件によって費用金額は大きく異なるので一概には言えませんが、目安としては1国あたり出願費用(中間費用を含まない)として、60万円~100万円程度を見込んでおく必要があるでしょう。
出願書類作成については、例えば英語圏への出願の場合、基本となる書類を1種類用意しておき、その基本形を各国別に様式を整えるようにすれば費用削減を図ることができます。
また国内弁理士に対する手数料は、国内弁理士に中継を依頼せずに自分で行えば、発生しないものにはなりますが、ただでさえ専門性の高い特許案件を、各国別に期限管理し必要な法制を調べて対処するのは、至難の業です。
自前で対処するよりも、国内弁理士に依頼する方が却ってお得となることが多いようです。
(2)PCTルート
このルートによる出願の場合、以下の費用が主要な費用となります。
国際出願時
- 国際出願書類の作成費用
- 国内弁理士に対する手数料
- 受理官庁/国際事務局に対する手数料
おおよその目安として、合算で50万円~70万円程度を見込んでおく必要があるでしょう。
もしこれに加えて、19条補正や国際予備審査を行う場合には、別途の費用が必要となります。
各国移行時
- 各国語による翻訳文作成費用
- 中継を依頼する国内弁理士に対する手数料
- 現地における手続を依頼する現地代理人に対する手数料
- 現地庁に納めるべき庁手数料
こちらの目安としては、パリルートと同様かパリルートより少し安いくらいの金額が一般的となります。
(3)ルート別メリット比較
一般論としては、費用的な観点では、おおよそ3か国に特許出願する場合にはパリルート、4か国以上になるとPCTルートがお得というのが一般的な目安です。
一方、時間的な観点でいうと、PCTルートの方が時間がかかるようにも見えますが、もしPCTルートで出願した場合でも権利化を急ぎたい場合、30か月を待たずして各国へ国内移行を行うことも可能です。
とすると、時間の観点では実質的な差はないともいえるかと思います。
反対に、PCTルートの場合、30か月の期間中に、国際調査機関によってPCT出願した発明が特許となる可能性の調査が行われますので、この調査結果を見て本当に各国に出願する価値があるのかを吟味することができます。
また出願段階でどこの国に出願したいか未定の場合には、国際段階の30か月の間に、出願したい国を検討することができるというメリットがあります。
これらのメリットを比較衡量して、ルート選択をされるとよいかと思います。
ルート比較については、こちらでも解説されていますので、ご参考にされてみてはいかがでしょうか。
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